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もう、やめよう。
何度そう思ったことか。
それでも、今まで関係を続けてきたのは
アイツの口から、『もうあんたなんか好きじゃない』
って言葉を聞くのが、怖かったんだ。
もし別れたら、今まで通り仕事をするのが難しくなるかな。
いや、アイツのことだ。
その辺は、上手くやるだろう。
気がつくと
ポケットにアイツん家の合い鍵を突っ込んで、家を飛び出していた。
相変わらず雨は降り続いていたけど、傘もささずにタクシーに飛び乗った。
さっきの電話の感じだと外にいると思うから、家にいないはず。
迷惑がられても
煙たがられても
帰ってくるまで待って、話がしたかった。
「この辺でいいですか?」
「はい。ありがとうございました。」
タクシーを降り、初めて使う合い鍵でアイツの家の扉を開ける。
「・・・・・ニノ?」
静まり返った部屋の中から、人の気配はしない。
リビングに向かい、その中央でギクリと足が止まる。
ガラステーブルの上に、ワイングラスが二つ。
そのうちの一つには、赤い口紅の跡が残っていた。
・・・・見たくなかったな。
・・・・いや、見たかったのか。
恋人の誕生日より優先するってことは、きっと大事な人なんだろうな。
俺よりも、その人の事が好きなんだろう。
「・・・・・・っ・・・・。」
分かっていた。
ニノには俺以外の誰かがいるって、分かっていたけど
ワイングラスを握りしめたまま、涙が止まらなかった。