O


「今夜、会えない?」


たったこれだけを聞くのに、ひどく勇気が必要だった。


「今日?ごめん、今日はちょっと。」

「・・・・そう。」


案の定、予想していた言葉が返ってきて、こっそり溜め息を吐く。


「うん。何か急ぎだった?」

「・・・いや、別に。」

「来週は?」


来週じゃ駄目なんだ。

今日じゃなきゃ意味がないんだ。


そんな言葉が喉元まで出かかったけど、声になることはなかった。


「・・・うん。来週でいいよ。」

「じゃ、また連絡するね。」

「・・・・うん。」

「智?」

「ん?」

「好きだよ?」

「・・・・ん。」


電話を切って、大きく深呼吸をする。

一人っきりの静かな部屋に雨の音が響く。


アイツと付き合い始めて、どれくらいの時が経っただろう。

こちらから誘うと、きまって上手くかわされ
甘い言葉で誤魔化される。


アイツが女優の誰かとデートしてたとか
モデルの誰かといい雰囲気だったとか

俺たちが付き合っているのを知らない友人たちからは、聴きたくもない噂が耳に入ってくる。


それでも
俺は俺でアイツを放って趣味に没頭する時もあるし
他の友達と飲みに行くことだってあるから

あんまり外野の噂は気にしないようにしてきたんだけど

なんか、さ。

もう信じる信じないの問題じゃない気がするんだよな。


だって
俺の誕生日である今日、会えないなんて

・・・仕事じゃないくせに、誰といるんだよって思う。



 
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