N


目が覚めた時、俺は自分の身体を何一つ動かせなかった。

原因は、そう。

隣で気持ちよさそうに寝ているこの人のせいだ。


「・・・ったく、どんだけ絶倫なんだ。」


何かに怯えるように、執拗に求められて
何かを忘れるように、愛を囁かれた。

その何かについて、思い当たる節はあったけど
俺からは、あえて何も言わなかった。


「・・・おはよ。」


うっすらと目を開けた大野さんが、俺を見てフワリと微笑む。

その笑顔が俺に向けられてるってだけで、胸が高鳴る。


大学時代、俺はこの人を追いかけていた。

いつもふわりとした独特の空気を纏っていながら
ふいに見せる凛とした表情のギャップに、ひどく惹きつけられた。


あの頃は、ただただ嫌われないようにするので、精一杯だったから
結局、関係は先輩と後輩のままだったけど
ずっと心のどこかに引っかかっていた。


「・・・もう、帰んなきゃな。」


大野さんが俺の頬を撫でながら、名残惜しそうに言う。


あ~・・・。

気持ちいいな。


触れられるまま、身を委ねていると


「・・・猫みてえ。可愛い。」


なんて言いながら、俺を抱きしめてくる。


はは。

可愛いのは、あんたの方だって。


「・・・そろそろチェックアウトの時間だし。」

「うん。」

「帰りましょうか。」

「・・・うん。」


淋しげに頷かれて、キュンと切なくなる。


なかなか言葉にはしてくれないけど
結構、素直な人だよな。

うん。


大野さんに手伝ってもらいながら服を着て、エレベーターに乗り込む。

フロントのある一階に到着して
扉が開きそうになった所で、大野さんが閉のボタンを押した。


「え?」


振り向いた所で、思いっきり抱きしめられ


「ごめん。もうちょっと。」


なんて、泣きそうな甘い声で囁かれる。


・・・仕方ない。

そろそろ本当の事を話すか。


「じゃ、俺んちに来ますか?」

「え?・・・だって。」


キョトンとしている大野さんに向かって、わざとらしく溜息を吐く。


「・・・一人ですよ、今は。」

「どういうこと?」

「5年前に結婚はしましたよ。それは本当です。」

「じゃあ・・・。」

「1年前に離婚しました。」


俺の言葉を聞いた大野さんは何とも言えない表情を浮かべた。

怒ったような
嬉しそうな
ホッとしたような

うん。
ごめんね。
意地悪して。


「何で、そこまで言わねえんだよ。」

「だって、聞かなかったじゃないですか。」

「お前~・・・ふざけんなよ。」

「んふふ。」


脱力している大野さんを置いて、フロントに向かう。

頬は自然と緩み、足取りも軽くなる。


昔っから俺はこの人をからかって遊ぶのが、大好きだった。

いつも二人だけの遊びを作っては、優越感を感じていた。


車に乗り込んでも、大野さんはまだ唇を尖らせていた。


「大野さん。まだ怒ってんですか?」

「・・・別に怒ってる訳じゃない。」

「いい加減、機嫌なおしてくださいよ。」

「うるせ。・・・ってか、俺の涙を返せ。」


そうだね。

あんな哀しい表情は、もうさせたくない。

あんな切ない夜は、最初で最後にしたい。


と思いつつも、俺の口からは軽い言葉が出る。


「その倍ぐらい俺を啼かせたくせに、何言ってんっすか。」

「え、あ・・・。」

「ふふ。だから、お互い様ってことで。ね?」

「う・・ん。」


狐に包まれたような大野さんの顔が、車窓に映る。

この人のこういう所が本当に好きだなって思う。


同窓会で再会できてよかった。

再会した大野さんが、俺を好きになってくれてよかった。

・・・これから楽しくなりそうだ。


俺は口元が緩むのを感じながら、アクセルを踏み込んだ。




 fin
1/1ページ
スキ