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潤が二代目の和を抱えるようにして、帰って来た。
「和!」
本部には寄らず自宅に戻る、という和からの素っ気ない連絡と
潤から随時入る連絡で状況を把握していた俺は、和の帰りを自宅で待ち構えていた。
「若頭。すみませんでした!」
俺を見つけた潤が深々と頭を下げる。
そりゃ、そうだ。
ボディガードも兼ねて一緒に行かせたのに、何やってんだよって話だ。
張り倒してやりたいのは、ヤマヤマだったけど
もう十分過ぎる位反省してる潤の表情を見て、怒る気が失せた。
「部屋に戻ってろ。」
「はい!」
誰もいなくなったリビングのソファに、和がぐったりと座り込む。
その様子に、実は傷が酷いんじゃないかって、悪い考えが浮かんでくる。
「痛むのか?」
「少し縫っただけだから、腕はそんなに痛まないんだけど。」
「けど?」
「あ~・・・いや、こっちの話。」
和はポリポリと頭を掻いて、何故か照れたように笑った。
俺は先代がいた時から、この組にいて
和とは年も近かったから、よく話し相手をさせられていた。
『翔さん、翔さん』と寄ってくる和は、可愛くて
この子は堅気の道で生きていくんだろう。
そう思っていたのに
世の中、何が起こるか分からない。
「先生の所で、診てもらったんだよな?」
「うん。」
「先生は、何て?」
「3日分の痛み止めもらった。あと、今日だけは安静にしてろって。」
先代の時からお世話になっているあの先生だったら、安心だ。
少し気難しい所はあるけど、腕は確かだし
何より嘘をつかない。
「は~・・・もう、心配させんなよ。」
「ごめんね、翔さん。」
上目使いでニコリと微笑まれると
心臓をギュッと鷲掴みにされた気分になった。
「おい。部屋に行けよ。」
そのままソファで目を閉じようとする和に向かって、声をかける。
そんな所で寝たって、身体が痛いだけだろう。
「ん~、別にいい。」
「誰か来たら、驚くだろ。」
「・・・誰も呼ばなきゃ、いいだろ。」
そのまま眠りに入ってしまいそうな和を見て、溜息を付く。
誰も呼ばなきゃって簡単に言うけど
ここには潤を含め少人数ながら、和の世話をする人間が住んでるし
それなりに人の出入りもある。
でも、まあ
寝てる和を起こすような奴は、いないか。
俺はタオルケットを持ってきて、和の身体にそっと掛けた。
「・・・ん・・・ありがと・・・・。」
身じろぎをした和の首筋に、キスマークらしきものが見えて
思わずギュッとシャツの襟を掴む。
「これ、誰に付けられた?」
「・・え・・・何・・・・?」
「キスマーク。」
「・・・さ・・と・・・かな?」
さと美?
さと子?
最後は聞き取れなかったけど、どうやら今の女に付けられたらしい。
珍しい事もあるもんだ。
キスマークなんか付けてたら、商売にならないだろって
日頃から言ってたのに
「お前の言う事聞かない女なんて、別れちまえよ。」
和がすっかり眠ってしまったのを見計らって、ボソリと呟く。
もちろん、和の返事はない。
「・・・・・。」
俺は金色に輝く和の髪をそっと撫でて、唇を重ねた。
ほんの少し触れるだけのキスに、柄にもなく胸が熱くなる。
眠っている和にキスをしたのは、これが初めてじゃない。
一番最初は、和がまだ堅気だった頃
ただ、まあ
若頭という俺の立場上、二代目の和に手を出す訳にはいかないから
不自然じゃない程度に女を作り、店を持たせる事もしてきたし
これ以上の事をするつもりもない。
今後も立派な若頭として、どこか危なっかしいコイツの傍にいるつもりだ。
だから
ほんの少しのご褒美位は、見逃してくれよって思う。