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「あ~・・・ちょっと縫っとくか。」
俺の傷口を消毒した先生が、ボソリと呟く。
この怪我は、組同士の抗争なんて大げさなもんじゃない。
掟を破って破門された馬鹿な奴に、逆恨みされただけだ。
「麻酔は、いらない。」
あの感覚が無くなる感じが苦手で、そう言うと
小さなタオルを口に押し込まれた。
「じゃ、それ咥えてて。」
何の躊躇もなく、先生が俺の傷口を縫っていく。
ズキズキと痛みは伴うけど
その鮮やかな手付きに、つい見惚れてしまう。
「はい・・・終了。」
その言葉と同時に
噛みしめていたタオルとサングラスが外された。
・・・・え?
ジッと目を覗きこまれたと思ったら、先生の顔が近付いてきた。
「今までのツケ、払ってもらうから。」
「・・・んんっ・・・!!」
唇に触れる柔らかい感触
隙間から差し込まれる熱い舌
疲れた頭で考えるまでもなく、俺は先生に唇を奪われていた。
・・・・この先生、何者だ?
望んでなった訳じゃないけど
仮にも組のトップである俺に対して、こんな事を仕掛けるなんて
「・・・何の真似だよ?」
ジロリと先生を睨んで、低い声を出す。
「今まで別料金も貰わず、治療してやってたんだけど?」
「はあ?・・・別料金が必要なんて事、一言も言わなかっただろ。」
「普通は、謝礼として寄越すだろ。」
シレっと言い放つ先生に、思わず溜息が出る。
はぁ~・・・・。
何か、してやられた気がするな。
「・・・で、俺の身体が謝礼って訳?」
「そう。」
「あんたさ・・・怖くないの?俺、これでも二代目なんだけど。」
「知ってるよ。」
今さら何言ってんだとばかりに、先生がクスクスと笑い出した。
もう何なんだよ、この人。
早くも交渉成立とばかりに、俺の身体に手を伸ばしてくる。
や・・・だから、さ。
俺はヤクザだし
堅気の先生にヤラれる訳にはいかないんだって
「・・・ちょ・・・先生・・・。」
「智。」
「え?」
「俺の名前。」
少し照れくさそうに自分の名前を告げた先生が、何だか可愛くて
ま・・・今日だけは許してやるか。
うっかり、そう思ってしまった。