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たかだか抜糸に時間はかからないだろうと予想して、喫茶店でケーキセットを注文した。
この業界には、甘党の人間が思いのほか多く存在する。
ただ、まあ
何人かで連れ立つと目立つから、俺はなるべく一人で来るようにしていた。
「お待たせしました。ザッハトルテとコーヒーです。」
「ありがとう。」
静かな空間と甘い匂いに
ふいに自分でもこんな稼業をしているのが不思議になる。
俺は暴力的な人間じゃないし、度胸がある訳でもない。
二代目を放っておけなくて、傍にいるだけだ。
初めて会ってから、もう何年も経つけど
あの人は、いつもどこかで無理をしているようで危なっかしい。
こんな事思ってるなんて、口が裂けても言えないけどさ。
二代目が先生の所に行って2時間後
ジャケットに突っ込んでいた携帯電話が震えた。
「はいっ。」
「あ、俺だけど。」
ディスプレイに表示された二代目の名前を見直して
それでも本人じゃない声に危機感を感じて、低い声を出す。
「・・・誰だ?」
「今、おたくの二代目の抜糸したんだけど。」
警戒心丸出しの俺をからかうような先生の声が聞こえてきて
俺は慌てて声のトーンを上げる。
「あ、先生。どうもお世話になります。」
「あいつ、今晩ウチに泊めるから。」
「え?」
「明日の朝、7時に迎えに来て。」
有無を言わせぬ口調に、嫌な予感がする。
「あの、何かあったんですか?」
「いや、和を起こすの可哀相だからさ。」
いやに優しく響く『和』という呼び名
・・・・・・和?
「ま、そういう事でよろしく。」
「ちょっ・・・。」
言葉を挟む隙もなく、携帯電話が切られた。
あの先生、二代目の事を和って呼んでた。
何ていうか
もしかして
・・・そういう関係なんだろうか?
二代目が先生を抱く?
いや、逆か。
二代目が先生に抱かれるのか。
駄目だ。
いろいろ考えると、モヤモヤしてきた。
とりあえず、車に戻ろう。