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相葉ちゃんが走って出て行った後も、俺は殴られた頬を押さえて呻いていた。


「・・いてえ・・・。」


殴られるだけの事はしたから、仕方ないとは思うけど

頬の痛みより、相葉ちゃんの言葉が気になった。

かずが泣いて苦しんだ1カ月を一瞬で無駄にしたって言ってたけど

俺との関係が終わった事が、そんなに堪えたのか?

だって
あいつは、いつだって軽くて

俺がフリーな時だけしか、寝てくれなかったし
それ以外の時は、適当に遊んでるって言ってたし
俺もそうなのかなって思ってた。

ぼんやりとしている俺を見て、翔くんが心配そうに顔を覗きこんできた。


「大丈夫?痛むの?」

「え?・・ああ、ちょっとね。」

「なんか俺、修羅場に遭遇しちゃった?」


翔くんがわざと軽く言ってくれてるのが分かった。

この人とは、高校時代に少し付き合っていた事がある。

1つ年下なんだけど、頭が良くてしっかりしていて、頼りになる存在だった。

まあ、俺がフラフラしてたから、すぐに振られた訳だけど
それからも、何となく友達関係が続いている。


「うん。そうかもね。」

「・・・ホント相変わらずだなあ。」


翔くんは肩を竦めて呟いた。

その時、廊下を走ってくる足音が聞こえて、再び乱暴に扉が開けられた。


「大野さん、大丈夫?」

「・・松本くん。」


松本くんは息を切らして、俺の前に座り込んだ。

あれ、大丈夫って
何で俺が殴られたの知ってるんだろう?

松本くんは頬を押さえている俺の手を取り、熱を持っている部分に触れた。

その整った顔との距離が近くて、思わずドキリとする。


「口の中は切ってない?」

「・・ん、多分。」


松本くんは俺に口を開けさせて、中が切れてないかどうかも見て
やっと安心したように、立ちあがった。


「ごめん。俺、ちょっと行かないといけないんだ。」

「うん。大丈夫だよ。翔くんがいるし。」


そう言うと、松本くんは翔くんに向き直って頭を下げた。

本当に礼儀正しくて律儀な人だなあ。


「すみません。後をお願いしてもいいですか?」

「え、ああ、もちろん。」

「多分、これから腫れると思うんで、冷やしてあげて下さい。」

「う、うん。分かった。」


突然の事に、翔くんの声がうわずっているのが可笑しくて
俺は下を向いて笑いを堪えていたんだけど

松本くんはそれには気付かず、再び走って行ってしまった。
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