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「・・・何か用?」


ふいに、その人が顔を上げて言った。


「あ・・いや・・用はないです。」

「そう。迷子かと思った。」

「迷子って・・・。」

「絵のモデルさん、よく迷うから。」


ふわふわとした調子で、その人は喋る。

ここだけ時間がゆっくり流れているみたいだ。


「初めて見る顔だけど、1年生?」

「あ・・はい。社会経済学科の松本です。」

「社会経済?かずと一緒か。」


その人は、ちらっと自分の足元を見た。

足元にかけられているブランケットは、人の形に盛り上がっている。

あれ?
あの服って・・・

その時初めて、俺はその人の膝の中で丸くなっているのがニノだと気が付いた。


「え、ニノ?」

「やっぱり知り合いだった。・・おい、かず。起きろよ。」


その人はふにゃりと笑って、寝ているニノの肩を揺すった。


「・・ん~・・。」


ニノは大きく伸びをして、その人を見上げた。
その人は、何も言わず面白そうに俺の方を顎で示す。

俺を見たニノは、一瞬驚いたような表情をして
それから、今まで見た事のない複雑な表情になった。


「あ~・・・潤くん。どうしたの?こんな所まで来て。」

「いや・・たまたま・・。」

「たまたま?・・たまたま来るような場所じゃないよね?真面目な俺が授業サボるから気になった?」


うわ。相当、怒ってんな。
その冷めた口調が、怒りを表しているようで怖い。

俺の行動なんてお見通しという感じのニノに、何も反論できなかった。


「かず。あんま苛めんなよ~。」

「あ~あ、せっかく猫被ってたのに。」

「ははは。そんな事してたんだ?」

「何だよ。大ちゃん。俺だって、みんなに馴染もうと努力してたんだから。」


大ちゃんと呼ばれたその人は、クスクス笑いながら、ニノを立たせた。
身体をポンポンと触りながら、大丈夫かと声をかける。

うんと頷いたニノと、その人は顔を見合わせて笑いあった。

何と言うか、それは
二人だけの世界で
そこには、誰も入れないような気がして

俺は入り口で固まったまま、動く事が出来なかった。
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