2.小さな変化は少しずつ
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四限終了のチャイムが鳴り、授業が終わるや否や楓に声だけ掛けていの一番に教室を出た。
階段を駆け上がり目指した先は図書室。
扉の前で深呼吸を一つ、二つ……最後にもう一つ。緊張の面持ちで室内へと入る。
恐らく一番乗りだろうと予想していたのだが、意外にも約束していた人物が既にそこにいた。
「仁王先輩、お待たせしてすみません」
窓際の奥の席で何をするでもなくポツリと座っていた仁王先輩は、私の呼び掛けに応じるように視線を窓の外からこちらへと移した。それだけで心臓が縮こまってしまう。
その瞳を見つめ返すことができず、若干俯いて彼の元へと歩いていった。
「早いですね」
「……もう昼休みか?」
「え? はい、そうですが……もしかしてずっとここに?」
なんとも不思議な質問に、もしやと思って聞いてみると欠伸を返された。はっきりと答える気はなさそうだがやはり授業をサボってずっとここにいたということで間違いなさそうだ。
理由を聞きたい。その前に咎めた方がいいのだろうか。
しかし、仁王先輩のつれない態度にそんな考えは膨らむ前に萎んでいき、余計に顔を俯かせることしかできない。
なんと言葉を紡ぐのが正解なのかわからない。そもそも、どの言葉を掛けようにもきっと相応しくないんだろうな。
結局何も思いつかず、無難に本題に入るしかなかった。
「本、選べましたか?」
時は遡りこの前の第一回目の委員会のこと。
仁王先輩が同じ委員だったことに嘆きはしたものの、関わることはないとすぐさま高を括ったのだ。
しかし、まさかまさかのその考えも直後に玉砕。
どうやら図書委員の仕事はカウンターでの本の貸し出しや返却の業務の他に、POPや月報の制作もあるらしく、くじ引きで決めたペアごとに一学期中で制作するものを振り分けるのがお約束らしい。
気づけば幸か不幸か仁王先輩とペアになり、さっそく仕事を任されていた。
「来月の図書だよりに載せるオススメの本を選定してくれる? あらすじというか、紹介文もね」
魂がどこかへ行って抜け殻のようになった私は、委員長の言葉に条件反射でコクリと頷いた。受け取ったプリントも目が滑って頭に入ってこなかった。
「テニス部員っちゅうことで免除してくれんかの」
「駄目。忙しいのはみんな同じなんだから」
そんな仁王先輩と委員長の会話をぼんやりと聞いて、沈んだ気持ちを持て余している内に第一回図書委員会は幕を閉じた。
たぶん、仁王先輩は委員会が終わる頃にペアである私がこの前会った挙動不審な女だということに気づいたのだと思う。
たぶんや思うなんて曖昧な言い方なのは、直接気づいたことを伝えられたわけではないから。たまたま視線が交差した時に彼が少し目を見開いたことで察したが、それを掘り返されることが怖くて事務的な会話しかできなかった。
「ああ、忘れとった」
仁王先輩の返事で数日前の記憶から現実へと呼び戻される。
え、と思わず諌めるような声が漏れたが本人は悪気のなさそうな顔で頭をポリポリと掻いている。
委員会の時、お互いに本をいくつか持ち寄って図書だよりに載せるものを選ぼうと予定を立てていたはずなのだが……。
それでもどうこう責める気力も勇気も無く、持ってきた大きな紙袋の紐をぎゅうと握り締めて下手くそな笑みを作るしかなかった。
「だ、大丈夫です……! 私、絞り切れなくていっぱい持ってきてしまったのでそこから選びましょう」
仁王先輩忙しいですもんね。
何故か嫌味っぽい言い方をしてしまったことに下唇を噛んで後悔していると、すまんと謝られて更に罪悪感が募る。
さっきから……ううん、この前から息苦しくてしょうがない。自分を掬い上げてくれた人になんでこんな気持ちを抱かなきゃならないの?
ネガティブな感情がぐるぐると渦巻き、その考え方をやめなきゃと思うのに、でもでも……と言い訳したい気持ちが顔を出す。
私が十冊程持ってきた本の中からバランスを考えつつ選んでいる間も、仁王先輩の乗り気じゃない態度が怖くて気づけば指先は冷え切っていた。
処刑台にでも立たされているようなこの空気から早く脱出したい。
「……じゃあこの四冊で良さそうですね。せっかくなんで紹介文も私が――――」
全部書いてきますね、と続けるつもりだった言葉は仁王先輩によって遮られてしまった。私の手の中から本を二冊抜き取ってふらりと立ち上がったからだ。
「えっ……と……?」
「これの紹介文書いてくればいいんじゃろ」
「あの、でもすでに本の内容を知っている私が書いた方が効率がいいというか……。その、たぶん私の方が暇ですし……」
ごにょごにょと並べ立てる私の言い分を聞いているのかいないのか、仁王先輩は散らかった机の上を素早く片付け私の手に握らせると、さっさと出入口へと向かって行ってしまった。
「あ、あの」
「……全部押し付けるのは目覚めが悪いきに、これくらいやらせてくれ」
小走りで駆け寄った私を振り返って仁王先輩はそう発した。相変わらず真顔なので目覚めが悪いというのが本心かどうかも読み取れない。
ただ、協力してくれることは確かのようだ。どういう風の吹き回しかと戸惑いながらも頷くと彼は更に言葉を続ける。
「連絡先教えてくれんかの」
間抜け面を晒した後にやっと理解して目を見開く。
また集まるじゃろ、と付け足してポケットからスマホを取り出す彼に続くのがやっとだった。
階段を駆け上がり目指した先は図書室。
扉の前で深呼吸を一つ、二つ……最後にもう一つ。緊張の面持ちで室内へと入る。
恐らく一番乗りだろうと予想していたのだが、意外にも約束していた人物が既にそこにいた。
「仁王先輩、お待たせしてすみません」
窓際の奥の席で何をするでもなくポツリと座っていた仁王先輩は、私の呼び掛けに応じるように視線を窓の外からこちらへと移した。それだけで心臓が縮こまってしまう。
その瞳を見つめ返すことができず、若干俯いて彼の元へと歩いていった。
「早いですね」
「……もう昼休みか?」
「え? はい、そうですが……もしかしてずっとここに?」
なんとも不思議な質問に、もしやと思って聞いてみると欠伸を返された。はっきりと答える気はなさそうだがやはり授業をサボってずっとここにいたということで間違いなさそうだ。
理由を聞きたい。その前に咎めた方がいいのだろうか。
しかし、仁王先輩のつれない態度にそんな考えは膨らむ前に萎んでいき、余計に顔を俯かせることしかできない。
なんと言葉を紡ぐのが正解なのかわからない。そもそも、どの言葉を掛けようにもきっと相応しくないんだろうな。
結局何も思いつかず、無難に本題に入るしかなかった。
「本、選べましたか?」
時は遡りこの前の第一回目の委員会のこと。
仁王先輩が同じ委員だったことに嘆きはしたものの、関わることはないとすぐさま高を括ったのだ。
しかし、まさかまさかのその考えも直後に玉砕。
どうやら図書委員の仕事はカウンターでの本の貸し出しや返却の業務の他に、POPや月報の制作もあるらしく、くじ引きで決めたペアごとに一学期中で制作するものを振り分けるのがお約束らしい。
気づけば幸か不幸か仁王先輩とペアになり、さっそく仕事を任されていた。
「来月の図書だよりに載せるオススメの本を選定してくれる? あらすじというか、紹介文もね」
魂がどこかへ行って抜け殻のようになった私は、委員長の言葉に条件反射でコクリと頷いた。受け取ったプリントも目が滑って頭に入ってこなかった。
「テニス部員っちゅうことで免除してくれんかの」
「駄目。忙しいのはみんな同じなんだから」
そんな仁王先輩と委員長の会話をぼんやりと聞いて、沈んだ気持ちを持て余している内に第一回図書委員会は幕を閉じた。
たぶん、仁王先輩は委員会が終わる頃にペアである私がこの前会った挙動不審な女だということに気づいたのだと思う。
たぶんや思うなんて曖昧な言い方なのは、直接気づいたことを伝えられたわけではないから。たまたま視線が交差した時に彼が少し目を見開いたことで察したが、それを掘り返されることが怖くて事務的な会話しかできなかった。
「ああ、忘れとった」
仁王先輩の返事で数日前の記憶から現実へと呼び戻される。
え、と思わず諌めるような声が漏れたが本人は悪気のなさそうな顔で頭をポリポリと掻いている。
委員会の時、お互いに本をいくつか持ち寄って図書だよりに載せるものを選ぼうと予定を立てていたはずなのだが……。
それでもどうこう責める気力も勇気も無く、持ってきた大きな紙袋の紐をぎゅうと握り締めて下手くそな笑みを作るしかなかった。
「だ、大丈夫です……! 私、絞り切れなくていっぱい持ってきてしまったのでそこから選びましょう」
仁王先輩忙しいですもんね。
何故か嫌味っぽい言い方をしてしまったことに下唇を噛んで後悔していると、すまんと謝られて更に罪悪感が募る。
さっきから……ううん、この前から息苦しくてしょうがない。自分を掬い上げてくれた人になんでこんな気持ちを抱かなきゃならないの?
ネガティブな感情がぐるぐると渦巻き、その考え方をやめなきゃと思うのに、でもでも……と言い訳したい気持ちが顔を出す。
私が十冊程持ってきた本の中からバランスを考えつつ選んでいる間も、仁王先輩の乗り気じゃない態度が怖くて気づけば指先は冷え切っていた。
処刑台にでも立たされているようなこの空気から早く脱出したい。
「……じゃあこの四冊で良さそうですね。せっかくなんで紹介文も私が――――」
全部書いてきますね、と続けるつもりだった言葉は仁王先輩によって遮られてしまった。私の手の中から本を二冊抜き取ってふらりと立ち上がったからだ。
「えっ……と……?」
「これの紹介文書いてくればいいんじゃろ」
「あの、でもすでに本の内容を知っている私が書いた方が効率がいいというか……。その、たぶん私の方が暇ですし……」
ごにょごにょと並べ立てる私の言い分を聞いているのかいないのか、仁王先輩は散らかった机の上を素早く片付け私の手に握らせると、さっさと出入口へと向かって行ってしまった。
「あ、あの」
「……全部押し付けるのは目覚めが悪いきに、これくらいやらせてくれ」
小走りで駆け寄った私を振り返って仁王先輩はそう発した。相変わらず真顔なので目覚めが悪いというのが本心かどうかも読み取れない。
ただ、協力してくれることは確かのようだ。どういう風の吹き回しかと戸惑いながらも頷くと彼は更に言葉を続ける。
「連絡先教えてくれんかの」
間抜け面を晒した後にやっと理解して目を見開く。
また集まるじゃろ、と付け足してポケットからスマホを取り出す彼に続くのがやっとだった。