2.小さな変化は少しずつ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
月明りと蠱惑的な笑み。
彼を思い出す時はいつもその光景だった。
それを上書きするかのようにインプットされてしまった新しい記憶。
「ああ……、そんなこともあったかの」
冷めた眼差しはどこを見ているのかもわからなくて、感情が抜け落ちたかのように無表情だった。夕日が彼の顔を優しくオレンジ色に染めているのが余計それを際立たせるようで。
最低限の言葉を発した後は口を一文字に結んでしまって、これ以上の会話を望んでいないことを理解した私は引き下がるしかなかった。
「突然変なこと言ってすみませんでした。でも、あの時のことは本当に感謝しています。ありがとうございました」
簡潔にまとめて言い切り、私はその場から離れた。
泣きそうなほど恥ずかしくて、穴があったら入りたいと初めて本気で思った。
それが一週間ほど前のこと。
「誰かこれ持っていくの手伝ってくれ」
「あ、私行きます」
「じゃあ私も~」
「おお、頼む。ありがとうな」
先生の呼び掛けに現実へと意識を戻した私は誰より先に反応した。私の常習化しつつある行動に毎回楓を付き合わせてしまって申し訳ないのだが、彼女はなんでもないように笑って付いてきてくれる。
二人で荷物を分け合って先生の後に続くと世間話程度に話を振られた。
「そういえばうちは内部進学の奴らが多いだろ。入学式の日なんか宮代大変だったんじゃないのか?」
「そうですね……驚きはしました。でも楓がいたので」
目をパチクリさせた楓が私と先生を交互に見つめているのがなんだか可笑しい。気づいていない振りをして先生との会話に集中する。
「お前らすぐに仲良くなったのか?」
「はい。初日に声を掛けてくれてそこからすぐに友達になりました」
「そうかそうか。前沢がいて良かったな」
「はい、本当に……楓にはすごく感謝してて……」
「大袈裟! てかそれ思ってるの私もだから!」
ベチン!
しみじみと呟く私の背中を叩いた手が思いの外強くて驚いた。ジンジンする背中をそのままに横を見ると楓は頬を染めて困ったように笑っていた。どうやら照れ隠しで力がこもってしまったらしい。
楓は取り直すように咳払いをすると先生の方を向いて口を開く。
「それに柚子は誰とでも仲良くなれるよ」
「そうだなあ。こうやって率先して人のこと助けてくれるしなあ」
二人の言葉に初日の失態を思い出しながら、それはどうだろう……と苦笑いを浮かべる。
私は積極的になりたいから勇気を振り絞って行動を起こしているのであって根は臆病な人間だ。クラスの他の人たちともコミュニケーションを取れるようになってきたが、友達と言い切るには些かぎこちない自覚がある。
まあ、それでも確かに、以前までの私よりは良い方向に進んでいるのかもしれない。それはとても喜ばしいことだ。
……そのきっかけの人とはもう会話できそうにないが。
そこまで思考を巡らせて我に返る。
ああ、駄目。またループしている。気を抜くとすぐにここに戻ってきてしまう。
ぎゅうと目を瞑って頭から追い出そうとする私を見て、楓は察したのか話題を逸らしてくれた。
彼女には事の顛末を話したから全てを知っている。それでも何もなかったかのように振舞いたい私の気持ちを尊重してくれて、深追いはせずこうやってさり気なく気を使ってくれるのだ。その優しさが痛いほど沁みた。
荷物を運び終えたので教室に帰るため来た道を戻る。楓は先生から貰った飴玉を口の中でカラコロと楽しそうに鳴らした。
「今日ってピアノの日だっけ?」
「うん、委員会があるからその後になるけど」
「図書委員だったよね。楽なのかな」
「どうなんだろう。……ふふ、でも楓の体育祭実行委員よりは楽そう」
その言葉に委員会決めの時の記憶を思い出したらしく、なんでなっちゃったんだろう、と嘆く楓を見て思わず声を上げて笑った。
こうやって笑っている間は気が紛れる。
しかし、人の不幸を笑うと大体それは跳ね返ってくるものだ。いや、別に不幸を笑ったつもりはないのだが。
放課後、図書室に集まる生徒たちの中に仁王先輩の存在を見つけ、私は楓以上に盛大に嘆いた。心の中で。
今なら体育祭実行委員でもなんでもいいから変わりたい。
彼を思い出す時はいつもその光景だった。
それを上書きするかのようにインプットされてしまった新しい記憶。
「ああ……、そんなこともあったかの」
冷めた眼差しはどこを見ているのかもわからなくて、感情が抜け落ちたかのように無表情だった。夕日が彼の顔を優しくオレンジ色に染めているのが余計それを際立たせるようで。
最低限の言葉を発した後は口を一文字に結んでしまって、これ以上の会話を望んでいないことを理解した私は引き下がるしかなかった。
「突然変なこと言ってすみませんでした。でも、あの時のことは本当に感謝しています。ありがとうございました」
簡潔にまとめて言い切り、私はその場から離れた。
泣きそうなほど恥ずかしくて、穴があったら入りたいと初めて本気で思った。
それが一週間ほど前のこと。
「誰かこれ持っていくの手伝ってくれ」
「あ、私行きます」
「じゃあ私も~」
「おお、頼む。ありがとうな」
先生の呼び掛けに現実へと意識を戻した私は誰より先に反応した。私の常習化しつつある行動に毎回楓を付き合わせてしまって申し訳ないのだが、彼女はなんでもないように笑って付いてきてくれる。
二人で荷物を分け合って先生の後に続くと世間話程度に話を振られた。
「そういえばうちは内部進学の奴らが多いだろ。入学式の日なんか宮代大変だったんじゃないのか?」
「そうですね……驚きはしました。でも楓がいたので」
目をパチクリさせた楓が私と先生を交互に見つめているのがなんだか可笑しい。気づいていない振りをして先生との会話に集中する。
「お前らすぐに仲良くなったのか?」
「はい。初日に声を掛けてくれてそこからすぐに友達になりました」
「そうかそうか。前沢がいて良かったな」
「はい、本当に……楓にはすごく感謝してて……」
「大袈裟! てかそれ思ってるの私もだから!」
ベチン!
しみじみと呟く私の背中を叩いた手が思いの外強くて驚いた。ジンジンする背中をそのままに横を見ると楓は頬を染めて困ったように笑っていた。どうやら照れ隠しで力がこもってしまったらしい。
楓は取り直すように咳払いをすると先生の方を向いて口を開く。
「それに柚子は誰とでも仲良くなれるよ」
「そうだなあ。こうやって率先して人のこと助けてくれるしなあ」
二人の言葉に初日の失態を思い出しながら、それはどうだろう……と苦笑いを浮かべる。
私は積極的になりたいから勇気を振り絞って行動を起こしているのであって根は臆病な人間だ。クラスの他の人たちともコミュニケーションを取れるようになってきたが、友達と言い切るには些かぎこちない自覚がある。
まあ、それでも確かに、以前までの私よりは良い方向に進んでいるのかもしれない。それはとても喜ばしいことだ。
……そのきっかけの人とはもう会話できそうにないが。
そこまで思考を巡らせて我に返る。
ああ、駄目。またループしている。気を抜くとすぐにここに戻ってきてしまう。
ぎゅうと目を瞑って頭から追い出そうとする私を見て、楓は察したのか話題を逸らしてくれた。
彼女には事の顛末を話したから全てを知っている。それでも何もなかったかのように振舞いたい私の気持ちを尊重してくれて、深追いはせずこうやってさり気なく気を使ってくれるのだ。その優しさが痛いほど沁みた。
荷物を運び終えたので教室に帰るため来た道を戻る。楓は先生から貰った飴玉を口の中でカラコロと楽しそうに鳴らした。
「今日ってピアノの日だっけ?」
「うん、委員会があるからその後になるけど」
「図書委員だったよね。楽なのかな」
「どうなんだろう。……ふふ、でも楓の体育祭実行委員よりは楽そう」
その言葉に委員会決めの時の記憶を思い出したらしく、なんでなっちゃったんだろう、と嘆く楓を見て思わず声を上げて笑った。
こうやって笑っている間は気が紛れる。
しかし、人の不幸を笑うと大体それは跳ね返ってくるものだ。いや、別に不幸を笑ったつもりはないのだが。
放課後、図書室に集まる生徒たちの中に仁王先輩の存在を見つけ、私は楓以上に盛大に嘆いた。心の中で。
今なら体育祭実行委員でもなんでもいいから変わりたい。