1.記憶と偶像
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「じゃあね! バイバイ!」
「うん、また明日」
正門を出て少し歩いたところでバス通学の楓と別れた。
テニスコートから立ち去った後、宣言通り吹奏楽部の見学に行き、今はそれが終わって帰るところだ。楓は結局このまま吹奏楽部に入部することにしたらしい。私もピアノ経験者というだけで先輩たちに熱心に誘われたのだがそれに関しては丁重にお断りさせてもらった。
記憶を辿っている内に最寄り駅に着いたので、定期券を改札機にタッチしてホームへと向かう。電車はつい先程出ていったばかりらしく、ベンチに座って暇を持て余すしかないようだ。
軽く目を閉じるだけで、疲れていた体は簡単に微睡みへと連れていかれた。
どれくらい経ったのだろう。いや、きっと一分、二分程度のことだ。
妙に辺りがさざ波立ったように騒がしくなったことに気づき、眠りの縁に追いやられていた意識が覚醒を促される。
なんだろう?
大勢の人の気配……喋り声がたくさん聞こえる……。
ぼんやりとしたまま思考を巡らせ、目を何度か瞬かせる。ゆったりと上げた顔を声のする方に向け……それから私は目を見開いた。
見覚えのあるユニフォーム、大きなラケットバッグ……、堂々とした佇まいの男の人たちが視線の先に立っていた。
間違いない、テニス部の人たちだ。
理解した瞬間、心臓がバクバクと音を立て始める。震える手を膝の上で握り締め、私はその団体から目を離せずにいた。
少し離れたところにいるが、一人一人を見ようと思えば見える距離だ。無意識に探し出そうと視線を彷徨わせるも心臓が限界を迎える方が早かった。サッと下を向いて体勢を戻し、力強く目を瞑る。
ああ、もう、何をやっているんだろう。あそこに彼が、仁王先輩がいるかもしれないのに。
数時間前にテニスコートにいた時とは違うこの緊張感は予感か何かか。目の前が真っ白になって、自分の体が自分のものじゃないような気がした。
そして、早鐘を打つ心臓の音が頭の中で響いていたからわからなかった。誰かが近づいてきたことに。
気づいたのは狭い視界に入り込んできた誰かの足。程よく日に焼けていて綺麗に筋肉の付いているそれに、白いソックスがやけに映えていて、なんだか見惚れてしまった。
通り過ぎた足は私の真横、自動販売機の前で止まる。
何故かこの時だけ本当に何も考えられなかった。だから、追いかけるようにして咄嗟に顔を上げてしまったのだ。
「仁王、先輩……」
その存在をはっきりと視界に映した瞬間、薄く開いた唇の隙間からその名が零れた。
夕日を受けてキラキラと輝く銀髪に、掴みどころの無さを演出するように揺れる尻尾。無駄のない筋肉でできている身体は緩く猫背になっていて。様々な感情を隠し込むために作られたような美しい横顔はアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
見覚えのあるようで見知らぬ光景に倒錯的な感覚を覚える。
間違いない。彼だ。彼なのだ。
数か月前、薄闇の中、何を考えているかわからなかったあの空気感をそのまま取り出したような空間に、今までで一番色鮮やかに記憶が蘇る。
自動販売機を見つめていたその顔は、私の声に反応して振り向く。
この間わずか一秒足らず。だが、私にとってはスローモーションのように見えていた。
「……なんじゃ?」
訝し気な切れ長の瞳が私を捕らえる。それは、もはや感動よりも畏怖に近い。
そうして私はとうとう再会してしまったのだ。
仁王雅治という男に。
「うん、また明日」
正門を出て少し歩いたところでバス通学の楓と別れた。
テニスコートから立ち去った後、宣言通り吹奏楽部の見学に行き、今はそれが終わって帰るところだ。楓は結局このまま吹奏楽部に入部することにしたらしい。私もピアノ経験者というだけで先輩たちに熱心に誘われたのだがそれに関しては丁重にお断りさせてもらった。
記憶を辿っている内に最寄り駅に着いたので、定期券を改札機にタッチしてホームへと向かう。電車はつい先程出ていったばかりらしく、ベンチに座って暇を持て余すしかないようだ。
軽く目を閉じるだけで、疲れていた体は簡単に微睡みへと連れていかれた。
どれくらい経ったのだろう。いや、きっと一分、二分程度のことだ。
妙に辺りがさざ波立ったように騒がしくなったことに気づき、眠りの縁に追いやられていた意識が覚醒を促される。
なんだろう?
大勢の人の気配……喋り声がたくさん聞こえる……。
ぼんやりとしたまま思考を巡らせ、目を何度か瞬かせる。ゆったりと上げた顔を声のする方に向け……それから私は目を見開いた。
見覚えのあるユニフォーム、大きなラケットバッグ……、堂々とした佇まいの男の人たちが視線の先に立っていた。
間違いない、テニス部の人たちだ。
理解した瞬間、心臓がバクバクと音を立て始める。震える手を膝の上で握り締め、私はその団体から目を離せずにいた。
少し離れたところにいるが、一人一人を見ようと思えば見える距離だ。無意識に探し出そうと視線を彷徨わせるも心臓が限界を迎える方が早かった。サッと下を向いて体勢を戻し、力強く目を瞑る。
ああ、もう、何をやっているんだろう。あそこに彼が、仁王先輩がいるかもしれないのに。
数時間前にテニスコートにいた時とは違うこの緊張感は予感か何かか。目の前が真っ白になって、自分の体が自分のものじゃないような気がした。
そして、早鐘を打つ心臓の音が頭の中で響いていたからわからなかった。誰かが近づいてきたことに。
気づいたのは狭い視界に入り込んできた誰かの足。程よく日に焼けていて綺麗に筋肉の付いているそれに、白いソックスがやけに映えていて、なんだか見惚れてしまった。
通り過ぎた足は私の真横、自動販売機の前で止まる。
何故かこの時だけ本当に何も考えられなかった。だから、追いかけるようにして咄嗟に顔を上げてしまったのだ。
「仁王、先輩……」
その存在をはっきりと視界に映した瞬間、薄く開いた唇の隙間からその名が零れた。
夕日を受けてキラキラと輝く銀髪に、掴みどころの無さを演出するように揺れる尻尾。無駄のない筋肉でできている身体は緩く猫背になっていて。様々な感情を隠し込むために作られたような美しい横顔はアンニュイな雰囲気を醸し出していた。
見覚えのあるようで見知らぬ光景に倒錯的な感覚を覚える。
間違いない。彼だ。彼なのだ。
数か月前、薄闇の中、何を考えているかわからなかったあの空気感をそのまま取り出したような空間に、今までで一番色鮮やかに記憶が蘇る。
自動販売機を見つめていたその顔は、私の声に反応して振り向く。
この間わずか一秒足らず。だが、私にとってはスローモーションのように見えていた。
「……なんじゃ?」
訝し気な切れ長の瞳が私を捕らえる。それは、もはや感動よりも畏怖に近い。
そうして私はとうとう再会してしまったのだ。
仁王雅治という男に。