上陸前夜

『マルコ?
どうしたの?』
「……いや。
行くよぃ」
「うん…?」

ぼんやりとララの後ろ姿を眺めていたマルコだったが、彼の熱い視線を感じたのだろう。

彼女はマルコを見上げ、首を傾げた。

だが、彼は何も答えずに再び足を進める。

ララもそれに続く。

彼女の部屋は相変わらず簡素な部屋だった。

必要最低限な物しか置いていない。

あまり使われていないドレッサーが唯一の女らしさをだしている。

「相変わらず、女っ気ねェ部屋だねぃ」
『……うるさいなぁ。いいでしょ、別に』
「お前ェらしいよぃ」

小言を言いながらも、マルコの表情は穏やかだった。

ララも不快そうな様子を見せない。

『あ、あった!
マル…』

デスクの上に綺麗に積まれた書類の山。

ララはマルコに背を向けて、書類を抱える。

そして背後に立つ彼に振り返ろうとした。

が、それは叶わない。

マルコの名を呼ぶ彼女の声が途切れる。

彼から漂う潮の香りがララの鼻腔をくすぐった。

彼女は背後から覆うようにマルコに抱きしめられている。

『えっと……。
マル…コ…?』
「ん?
なんだよぃ」
『あの…書類…』
「あとで見るよぃ」
『で…でもっ…』
「充電させてくれよぃ」
『…っ…』

ララは身体を強張らせてしまった。

抱きしめられるのが嫌なわけではない。

ただ単に緊張してしまっているだけ。

この甘い雰囲気がどうも彼女は苦手のようだ。

「……嫌かぃ?」
『え……?』
「こうされるのは」
『ちがっ…!』
「だったらんな顔すんなよぃ。不安になるだろ」
『不安……?マルコが…?』
「……悪ぃかよぃ」

ララは抱きしめられたまま振り返って、マルコを見上げた。

照れたようにそっぽを向いている。

初めて見る姿だった。

意外そうにぱちくりと瞬きした後、彼女は気が抜けたように肩の力を抜いた。

彼も自分と一緒なんだ、と安心したのかもしれない。

『………。
…あの…』
「ん?」
『別に嫌じゃないよ。マルコとこうしてるの…
でもね、心臓がドキドキするの……』
「それは…」
『?』
「相手が俺だからって自惚れてもいいのかぃ?」
『…えっと……ぅ、ん…』

ララはか細い声で小さく頷いた。

マルコはそれに目を細めながら笑みを溢し、彼女の頬を優しく撫でる。

割れ物を触れるかのように、そっと。

『…な…なに…?
…んっ…』

マルコは何も言わず、自分を見上げるララに優しく口付けた。

触れるだけのリップ音を鳴らせた口付けを。

唇が触れ合ったのはほんの数秒。

それだけでも彼女を驚かせるには充分だった。

ぱちくり、と瞬きをしてエメラルドグリーンの瞳でマルコを再び見上げる。

「こんなんで驚いてちゃ、先が思いやられるな」
『…だ…だって…!
マルコいつも急にするんだもん!』
「いちいち許可取れってのかぃ」
『そうは言ってないけど…』
「慣れるこったな」
『慣れないよ…』
「慣れるまでしてやるよぃ」
『なっ…!
ば…ばか!!』

恥ずかしげもなく言うマルコにララは赤面して、彼の胸を軽く叩いた。

マルコはその様子を可笑しそうに笑う。

こうなることをわかって言ったようだ。


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