上陸前夜

『ふぅ……。
疲れた…』

ララは息を乱して正面に立つビスタを見据える。

甲板を立ち去った後、彼女は彼を捕まえて手合わせを稽古場でしていた。

時刻はもう夕方。

三時間以上は剣を交えている。

「……今日はここまでだな」
『……ん…。
ありがと、ビスタ』

一切息を乱していないビスタはララの頭を雑に撫でてから稽古場を出ていく。

まだまだ彼には敵わないよう。

何度も何度もビスタとは剣を交えてきたが、彼は一度も息を乱したことはない。

そもそも本気すら出していないだろう。

いつか追いつけることができるのだろうか。

追いかけても追いかけても常にビスタは彼女の百歩先へ行く。

ララは消耗した身体を稽古場の床に打ちつけ、天井を仰いだ。

「ここにいたのかぃ」
『……マルコ』
「しごかれたみてェだなァ」
『あはは…
ビスタは強いね』
「当たり前ェだろぃ。経験値が違ェ」

数分間天井をぼんやりと眺めていたララだったが、そろそろ部屋に戻ろうとしたその時。

甲板にも部屋にも居ない彼女を心配したマルコがため息混じりに稽古場へ入ってきた。

呆れた表情で彼女を見下ろす。

『マルコはもう仕事、終わり?』
「だいたいは終わってるよぃ」
『そっか…。
遊びいっていい?』
「好きにしろぃ」
『やった!』

相変わらず二人の纏う雰囲気は恋人同士とはかけ離れている。

兄妹という関係からまだ踏み出せないよう。

一緒にいる期間が長すぎてどう変わっていけばいいのか、わからないのかもしれない。

「明日…」
『?』
「お前はまた船に泊まるのかぃ?」
『うん。そのつもりだけど…?』
「………」

ララは島に上陸しても夜は必ず船に戻って自室で就寝する。

他のクルー達は久々の陸地で宿をとり、島を堪能したりするというのに。

本人曰く、船で眠る方が安心するらしい。

子供の頃から船上生活していた彼女を思うと、その気持ちは理解できる。

ララにとって船の揺れはゆりかごなのだろう。

揺れが彼女を安心させる。

『?
マルコ…?』
「……俺と宿に泊まる気はねェかぃ」
『え……。
ふ…二人で…?』
「何が楽しくて野郎共と泊まらなきゃなんねェんだよぃ」
『だよね…』
「嫌かぃ?」

未だ立ち上がらず、床に座ったままのララ。

マルコは彼女と目線を合わせるようにしゃがみ、優しく言った。

『……えっと…』
「別にお前が想像してるようなことはしねェよぃ。安心しな」

流石のララでも男女二人が一緒の宿に泊まる意味は理解しているらしい。

少し困惑したような表情を彼女は見せる。

経験が皆無のララにはまだまだ刺激が強い。

そんなこと、マルコにはわかりきっていた。

下心があっての誘いではない。

ただ単純に彼女と一緒に島を満喫したいだけなのだろう。

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