火拳のエース

『ぅ…ん…?』
「………」

マルコは何も言わずにララの頬に手を添えたまま、ゆっくりと顔を近づけた。

いくら鈍い彼女でも今、自分が何をされようとしているのかは理解できる筈だ。

避けようと思えば、避けれる。

だが、ララは動かなかった。

赤く熟した唇にマルコの唇がそっと触れる。

『………』
「わかったかぃ?」
『……な……な…な……!』

ララは金魚のように口をパクパクさせて、言葉にならない声を発した。

顔をりんごのように真っ赤に染めながら。

経験豊富なマルコと違い、彼女にとってはこれがファーストキスだ。

当然の反応だろう。

距離を取ろうと後退りするが、ここはベッドの上。

大した距離は保てない。

すぐ背中に壁がついた。

『な…なんで……』
「いい加減気づけよぃ。もう遠慮しねェからな」
『え……?』

昨夜、マルコはこれ以上兄と妹の関係を続けるのは無理だと悟った。

愛らしいその仕草に独占欲が支配する。

自分のものにしたい、という欲が。

彼女のペースに合わせていたら、一生この関係性のままになるだろう。

彼の気持ちを言葉や態度で示さなければ、先へは進めない。

少し大胆過ぎたかもしれないが。

「覚悟しとけよぃ?」
『か…覚悟……?』

マルコはジリジリ、とララへ詰め寄って彼女の顎を指先でクィッと上へ向かせた。

艶っぽい視線を向けながら。

もうすでに彼女のキャパシティをオーバーしている。

オロオロ、と視線を泳がすしかララは逃げ場がない。

その愛らしい仕草に彼は内心、笑みを溢しながらもまた彼女に顔を近づける。

口付けされると思ったのだろう。

ララは思わずぎゅっ、と固く目を閉じた。

『………?』

だが、思っていた場所にマルコの唇は降ってこなかった。

額に柔らかな感触が残っただけで。

「なに期待してんだよぃ。催促か?」
『なっ…!
だ…だって……!』

マルコはくつくつ、と楽しげに喉を鳴らして笑った。

自分の思惑通りに反応するララに。

彼が唇を落としたのは彼女の愛らしい唇ではなかった。

ただララの額にそっと口付けただけだ。

「腹減ったねぃ。食堂行くか」
『〜〜〜!
ひ…一人で行く!!』

これ以上、マルコと一緒にいたら身が持たないと思ったのだろう。

ララは彼から離れ、逃げるように部屋を出ていった。

向かう先は甲板だろう。

「いじめ過ぎたかねぃ…」

あまりにも可愛いらしい反応をするものだからつい、マルコは調子に乗ってしまったようだ。

後悔をしているわけではないようだが、やりすぎたとは思っているよう。

これ以上ララを構うと嫌われてしまうかもしれない。

彼は彼女の後を追うのをぐっと堪える。

仕方なしに中途半端に中断していた書類仕事に戻った。

腹は減ってはいるが、今ララと食事をするのは得策ではない。

一人で思い悩む時間も必要だ。


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