火拳のエース

「……お前ェは…」
『?』
「なんとも思わねェのかよぃ。あいつのこと…」
『あいつってレティのこと…?』

マルコは甲板で立ち止まり、ララに尋ねた。

彼女はきょとん、と首を傾げて無垢な表情で彼を見上げる。

「態度が違ェだろぃ、お前にだけ。
気づいてんだろ」
『あー……うん。
なんか嫌われてるみたいだよね』
「………」

ララはふにゃり、と気の抜けた笑みを浮かべた。

少し無理に笑っているようにも見える。

他のクルーならばその笑顔は通用するかもしれない。

だが、相手は数十年の付き合いのあるマルコだ。

通用するわけがない。

「んな顔すんなよぃ」
『……迷惑、だったのかな?私のしたことって』
「どうかねぃ…。
感謝はしてるとは思うが」
『だったらいいんだけど…』
「あいつの態度の原因は俺のせいでもあるからねぃ…。ララが気に病むことじゃねェ」
『?
どういうこと?』

マルコは強がって笑うララの頬に優しく触れた。

彼女は動じず、会話を続ける。

「…鈍いねぃ」
『?』

恐らく、レティのマルコに対する気持ちに気づいていないのはララくらいだろう。

あんなにわかりやすく彼に懐いているというのに。

あまりにも鈍すぎる。


—————
—————

『マルコ』
「……ノックくらいしろよぃ」
『あ…ごめん』

その日の夜。

仕上げた書類を胸に抱えてララはマルコの部屋を訪ねてきた。

ノックもせず、我が物顔で。

いつものことではあるが、彼は呆れてしまう。

「ったく…。
終わったのかぃ?」
『ん?
ああ…うん』

ララはマルコに書類を手渡した。

赤縁の眼鏡越しに仕上げたばかりのその書類に目を通す。

普段彼は眼鏡などかけないが、書類仕事をする時だけはかけることが多い。

雰囲気がガラッと変わり、知的な印象を受ける。

「……上出来だよぃ」
『マルコはまだ終わんないの?』
「いや…もう終わるよぃ」
『手伝おっか?』
「平気だよぃ。
本、読むんだろぃ?」
『うん』

ララは医学書がずらり、と並ぶマルコの本棚から一冊の分厚い本を抜き取った。

それを抱えてベッドの背もたれにもたれる。

そして彼女は栞を挟んでいたところから静かに読み始めた。

書類にペンを走らせる音とララのページを捲る音だけが部屋に響く。

会話はない。

「………」
『………。

ふあぁぁ…』

時間にしてニ、三時間だろうか。

一通り仕事を終えたマルコもララにならって医学書を彼女の隣で読み漁っていた。

疲れたのだろうか。

ララが小さく欠伸をする声が、彼の耳に届いた。

「寝るかぃ?」
『…ん……へいき…』
「また明日にしろよぃ」
『もうちょっと…』
「………」
『!
あ!』

マルコはひょい、と黙ってララの読む本を取り上げた。

睡魔と格闘しながらも読み続けようとする彼女を強制的に遮断する。

ほっとくと彼女は朝まで本を読み続けるだろう。

何度かその経験が彼にはあった。


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