第二十七話『THE 試験』
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広い筈の説明会場だが、所狭しに人が敷き詰められている。
これだけの人数が仮免試験を受けに来た、と認識せざるを得なかった。
「えー…ではアレ。
仮免のヤツを、やります。あー…、
僕、ヒーロー公安委員会の目良です。
好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく。」
何ともしゃっきりしない挨拶をしている壇上の男性。
彼は今回の司会進行役らしいが、どうにも疲れを一切隠さない…否、隠せないのかもしれないが。
何方にしてもお疲れな様子なのは間違いないと感じた。
「ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に、
勝ち抜けの演習を行ってもらいます。」
1540人…その数が此処に集まっていた事に改めて驚愕する。
目良殿は更に続けた。
ヒーロー飽和社会と呼ばれた現代。
ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する人も少なくない。
あの時対峙したステインは、確かに言っていた。
”ヒーローとは、見返りを求めてはならない。”
”自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。”
只、全てのヒーローがそれを出来るとは思えないのは明らかだ。
世間は理想を押し付け、そしてその理想と違うヒーローになる事を選ぶ、それもまた仕方の無い事なのかもしれない。
ヒーローもまた、人生を歩んでいるのだから。
「とにかく…対価にしろ義勇にしろ。
多くのヒーローが救助・敵退治に切磋琢磨してきた結果、
事件発生から解決に至るまでの時間は今。
ヒくくらい迅速になっています。
君たちは仮免許を取得し、いよいよその激流の中に身を投じる。
そのスピードについて行けない者、ハッキリ言って厳しい。」
目良殿の言葉は一理ある。
どんな時にも迅速な対応が肝心であるし、実際保州や神野でもヒーロー達は迷いなく行動していた。
「よって試されるはスピード!
条件達成者先着100名を通過とします。」
その言葉に会場全体が思わず声を漏らす。
事前に聞いていた通過率五割という数字はあっさりと裏切ったのだ。
それはそうもなるだろう…。
運も実力の内…と言うが、それで片付けていい物か…と腑に落ちないものもある。
只、これもまた仕方の無い事なのだ。
オールマイト先生が引退した世間では、ヒーローに求められる水準は格段に上がっているのだから。
さて、目良殿の説明は続き、受験内容と達成条件の内容となる。
大きさは掌より少し小さい、そんな的を三つ、体の常に晒される位置に取り付ける。
ボールが当たった場所は発光し、三つ発光した時点で脱落となる。
三つ目のターゲットにボールを当てた人が討伐者、勝者となり、二人倒した者から勝ち抜きとなる。
渡されるボールは六つ。
一人で三つ点灯させるのであればミスが許されない数である。
只、相手の持っているボールで点を入れる事も出来るので冷静な判断力も試される。
また、相手がロボットでは無く対人である為、雄英の入学試験より苛烈な争いとなるだろう。
「えー…じゃ展開後、ターゲットとボール配るんで、
全員に行き渡ってから1分後にスタートとします。」
職員達が箱を持ち、受験者へ配っていく。
展開、という言葉に違和感を覚えたが突如天井が開かれ、受験会場の全貌が明らかとなった。
「各々苦手な地形、好きな地形あると思います。
自分を活かして頑張ってください。」
街や工場、森や山といったものが広がっているのが確認出来た。
成程……勝ち抜き戦だが、自分の得意な場所へ行く為の機動力も大事そうだ…。
渡された的を右肩と左胸、それから右前太腿辺りに取り付ける。
位置は正直適当だ。作戦も何も無い。
人体で守りやすい場所というのも限られている。
特に多くの人数を討ち取るつもりは無く、俺に挑んで来た者を相手しよう。
出久は級友達に声を掛けて固まって動こうと提案していたが、勝己や焦凍はそれに賛成する訳も無く……俺も出久に一声掛けて行く事にした。
「済まぬな出久。
俺も別方向から攻めて行くことにする。」
「えっ!?!?大和君!?!!?」
「どどど、どうすんだよ緑谷ーー!!
西椋居なかったら誰が俺たち守るんだよーー!!!」
峰田殿の泣きそうな声を背中に受けながら、俺は縮地で会場を駆け抜けていく。
目指すは森の地形だ。
山の地形でも良かったが、彼処まで拓けていると狙ってくださいと言っているようなものだ。
登山自体も時間や体力が要るからな。
かと言って工場地帯はごちゃごちゃと狭くて刀が振るえない。
街でも良かったが、彼方を目指す人のが多そうだったから乱闘戦になるだろう。
結果として俺は森を目指す。
俺を視界に入れた途端付いてくる受験者がいたが、縮地の速さに付いて来れる者が少なかった様で結果殆どの者を撒いた結果となった。
「……さて、試験が始まったな。」
ある程度森の深くまで移動して暫く地形の確認を含めて散策していたが、森が得意な個性を持つものはそこまで速さを持ち合わせて居なかったのか、一向に他の受験者と鉢合わせにならない。
ふむ、と一旦森の中で立ち止まり、気配を探る。
俺がこの森に到着して五分少々。
やっと森の入口の方に人の気配がチラホラ見受けられた。
「くそっ!雄英の3位、確かにこっちのほう来たと思ったのによォ!」
「でも、あんな強ぇヤツ相手に俺達勝てんのか…?」
「やってみなきゃ分かんねェだろうが!」
そんな事話してる二人組を見つけて、俺は愛刀に個性を宿しながら高く跳躍する。
それは木の高さを超え、宙返りをして男二人に向かって垂直落下する。
「覇導一神昇華流山斬花 」
二人の視界に入るか入らないかの高さで、勢いそのまま愛刀を横に一閃。
これが真剣であれば首が飛んでいたが、覇気を乗せた剣気で二人は右の方へ吹っ飛んでいき立派な木へ叩き付けられた。
威力の調節を少し誤ってしまったのか、打ち所が悪かったのか、叩き付けられた太い幹は折れて大きな音を立てて倒れた。
覇導一神昇華流は、闘志を刀に宿して舞う様に技を振るう。
個性がまだ発現していなかった遠い昔では、神に奉納する剣舞神楽としての役割もあったそうだ。
一見すると、刀を構えながらひらひら舞う姿は優美な印象を受けるが、実際に受ける一振は大岩をも砕く。
この山斬花という技は、複数人を横に纏めて一薙ぎするもので多人数相手にはとても効果的である。
勿論勢い良く横に大振りするので一体一の場合、隙を作りやすいが先程の様な不意打ちであれば問題無いだろう。
刀を鞘に収めて気絶している男二人に六つのボールを全て的に当てる。
俺の付けていた的はぽん、と点灯して控え室へ誘導する声が流れた。
それと同時に地面が揺れる感覚を覚え、個性なのだろうが少したたらを踏む。
「地震、のような個性か…?」
スタート位置の少し離れたあたりから悲鳴の様な声が多数聞こえる。
戦いが激化し始めたのだろう、と俺は皆の身を案じたのだが彼等ならきっと大丈夫だと信じる事にした。
そして俺と同時に通過した者が居たらしく、その者がなんと120名を一気に脱落させたとアナウンスされ、俺は一騎当千の出来る猛者が潜んでいるのだなと独りごちた。
それのお陰で俺の通過は目立たなかったみたいだが、特に気にしなかった。
そうして、俺は他1-Aの面々が別の所でピンチに陥っている事を知らずに、そのまま一人悠々と控え室へ移動する事となる。
控え室の扉を開けると、雄英の教室程の広さに長机や幾つもの椅子が設置されていた。
机の上には飲料や軽食が置かれており、人が一人だけ中央で仁王立ちしていた。
「あ!!!!大和さん!!…っスよね?!!
コスチュームめちゃくちゃ似合うっスね!!」
俺を視界に入れた瞬間、仁王立ちしていた人物……イナサ殿に大型犬の尻尾がブンブン振られている様な幻覚が見えたが、そんな彼はズイズイと俺に近付いてくる。
そう言えば会場入口で会った時は制服だったから、コスチュームでの姿は見覚えないのか。
そういうイナサ殿は嘗ての帝国空軍の様な戦闘服であり、彼の大きな体躯を更に威圧的に大きく見せている。
俺は思わず「(……もう少しのんびり試験受けてても良かったかもしれない……。)」等と思ってしまっていた。
否、イナサ殿が嫌いだからという訳では無いのだが…どうしても勢いに気圧されてしまうのだ。
「えぇ、と……イナサ殿…?」
「はい!!名前呼んでくれて嬉しいっス!!」
「傷はもう塞がったか?」
「はい!あの時は手当ありがとうございましたっ!」
俺が立ち尽くしていると、イナサ殿は俺の手を取って適当な席に座らせる。
その横にドカ!と腰掛けたイナサ殿は、俺に当たりそうな戦闘服の硬そうな部分を避けたり外したりして、溌剌とした笑顔を向けてくる。
その様子に少し微笑ましさを感じてしまった俺は、中学の剣道部時代にも似たような事があったな…と想いを馳せる。
幾つか他愛も無い世間話をする事になったが、どうやら120人を同時に倒したのはイナサ殿だった。
矢張り雄英の推薦入試を首位で合格した実力は本物の様だな…と、一人納得していた。
「体育祭見てたんっスけど、大和さんあんなに強いのに、
推薦入学じゃなかったんっスか!?」
「ああ…俺の中学は、推薦に一人しか出せないからな。」
「えっ!!じゃあ推薦入学した人と同じ中学だったんっスね!!」
「そうだな。
轟 焦凍というのだが、知っているか?」
そう返答した途端、室温が数度下がった気がした。
楽しそうに話していた筈のイナサ殿の瞳が、急激に冷え切っており俺は思わず戸惑う。
「…イ、ナサ殿……?」
「…ああ!エンデヴァーの息子さんっスよね!
へぇー!大和さんはあの人と同じ中学なんっスねぇ!!」
中学どころか五歳くらいからの幼馴染なのだが…。
直ぐにパッと顔色を戻したイナサ殿に、何だが嫌な予感しか感じない。
憎悪の様な嫌悪の様な、拒絶に近いその暗い感情に俺は混乱していたが同時に推薦入試で何かあったんだな……と予想出来た。
深くは聞けない空気に、こめかみを抑えて小さくため息を着いた。
「俺ともそれくらい、いや…それ以上に仲良くなって欲しいっス!」
「えぇ…と…何故?」
「大和さんの事、凄く尊敬してるし大好きだからっス!!!」
距離が近いな……と困ってしまうものの、純粋な好意を無下にする事も出来ない。
次々に一次通過者が俺達を一瞬見ては目を丸くしてその場から離れて行く。
否、離れて行かないでくれ……。
あの一瞬の出来事でどうしてこんなに懐いた…?
正直懐かれる事に関しては嫌悪感等は無いし、今後ヒーロー活動する上でも協力関係になれるならそうしたい面もあるので、まぁ有難いのだが…これは、どうすればいいんだ……。
イナサ殿に握られた両手を何処か遠い目で見つめる事しか出来ないが、幸か不幸か目元を隠している為、未だキラキラと眼差しを向けている彼には俺の表情は伝わらなかった。
「大和。」
突如俺の肩をぐい、と後ろに引かれたが掛けられた声ですぐに焦凍だと分かった。
ぽす、と焦凍の胸元に俺の後頭部が当たる。
その瞬間、イナサ殿の顔がまた無になり極寒になる。
焦凍も冷気が出てしまっているので、さながらここは北極か南極なんじゃないかとすら思える。
俺が寒さ(と気まずさ)で震えたのが分かった焦凍が、冷気を抑えてホカホカと体を温め始めた。
以前より温まるのが早くなったから、個性の調節が上手くなったなぁと感心してしまった。
「…………。」
「…………。」
その間、イナサ殿と焦凍はほぼ睨み合っていると言っても過言では無い状況だ。
心做しか吹雪が吹き荒れている幻覚すら見える。
流石にこれ以上ギスギスすると二次試験に差支えがあると思い、イナサ殿の手をそれとなく解き、焦凍に大丈夫という意味を込めて頭を優しくぽん、と叩く。
焦凍はそれに機嫌を良くしたのか、目尻をふと緩ませて「そろそろ他の奴も来るだろうし、集まっとこう。」と提案して来て俺もそれに頷いた。
「それでは、イナサ殿。また。」
「はい!」
先程までの泣く子も黙りそうな圧は消え失せ、俺に笑顔を向けて穏便に別れてくれた。
これだけの人数が仮免試験を受けに来た、と認識せざるを得なかった。
「えー…ではアレ。
仮免のヤツを、やります。あー…、
僕、ヒーロー公安委員会の目良です。
好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく。」
何ともしゃっきりしない挨拶をしている壇上の男性。
彼は今回の司会進行役らしいが、どうにも疲れを一切隠さない…否、隠せないのかもしれないが。
何方にしてもお疲れな様子なのは間違いないと感じた。
「ずばりこの場にいる受験者1540人一斉に、
勝ち抜けの演習を行ってもらいます。」
1540人…その数が此処に集まっていた事に改めて驚愕する。
目良殿は更に続けた。
ヒーロー飽和社会と呼ばれた現代。
ステイン逮捕以降、ヒーローの在り方に疑問を呈する人も少なくない。
あの時対峙したステインは、確かに言っていた。
”ヒーローとは、見返りを求めてはならない。”
”自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない。”
只、全てのヒーローがそれを出来るとは思えないのは明らかだ。
世間は理想を押し付け、そしてその理想と違うヒーローになる事を選ぶ、それもまた仕方の無い事なのかもしれない。
ヒーローもまた、人生を歩んでいるのだから。
「とにかく…対価にしろ義勇にしろ。
多くのヒーローが救助・敵退治に切磋琢磨してきた結果、
事件発生から解決に至るまでの時間は今。
ヒくくらい迅速になっています。
君たちは仮免許を取得し、いよいよその激流の中に身を投じる。
そのスピードについて行けない者、ハッキリ言って厳しい。」
目良殿の言葉は一理ある。
どんな時にも迅速な対応が肝心であるし、実際保州や神野でもヒーロー達は迷いなく行動していた。
「よって試されるはスピード!
条件達成者先着100名を通過とします。」
その言葉に会場全体が思わず声を漏らす。
事前に聞いていた通過率五割という数字はあっさりと裏切ったのだ。
それはそうもなるだろう…。
運も実力の内…と言うが、それで片付けていい物か…と腑に落ちないものもある。
只、これもまた仕方の無い事なのだ。
オールマイト先生が引退した世間では、ヒーローに求められる水準は格段に上がっているのだから。
さて、目良殿の説明は続き、受験内容と達成条件の内容となる。
大きさは掌より少し小さい、そんな的を三つ、体の常に晒される位置に取り付ける。
ボールが当たった場所は発光し、三つ発光した時点で脱落となる。
三つ目のターゲットにボールを当てた人が討伐者、勝者となり、二人倒した者から勝ち抜きとなる。
渡されるボールは六つ。
一人で三つ点灯させるのであればミスが許されない数である。
只、相手の持っているボールで点を入れる事も出来るので冷静な判断力も試される。
また、相手がロボットでは無く対人である為、雄英の入学試験より苛烈な争いとなるだろう。
「えー…じゃ展開後、ターゲットとボール配るんで、
全員に行き渡ってから1分後にスタートとします。」
職員達が箱を持ち、受験者へ配っていく。
展開、という言葉に違和感を覚えたが突如天井が開かれ、受験会場の全貌が明らかとなった。
「各々苦手な地形、好きな地形あると思います。
自分を活かして頑張ってください。」
街や工場、森や山といったものが広がっているのが確認出来た。
成程……勝ち抜き戦だが、自分の得意な場所へ行く為の機動力も大事そうだ…。
渡された的を右肩と左胸、それから右前太腿辺りに取り付ける。
位置は正直適当だ。作戦も何も無い。
人体で守りやすい場所というのも限られている。
特に多くの人数を討ち取るつもりは無く、俺に挑んで来た者を相手しよう。
出久は級友達に声を掛けて固まって動こうと提案していたが、勝己や焦凍はそれに賛成する訳も無く……俺も出久に一声掛けて行く事にした。
「済まぬな出久。
俺も別方向から攻めて行くことにする。」
「えっ!?!?大和君!?!!?」
「どどど、どうすんだよ緑谷ーー!!
西椋居なかったら誰が俺たち守るんだよーー!!!」
峰田殿の泣きそうな声を背中に受けながら、俺は縮地で会場を駆け抜けていく。
目指すは森の地形だ。
山の地形でも良かったが、彼処まで拓けていると狙ってくださいと言っているようなものだ。
登山自体も時間や体力が要るからな。
かと言って工場地帯はごちゃごちゃと狭くて刀が振るえない。
街でも良かったが、彼方を目指す人のが多そうだったから乱闘戦になるだろう。
結果として俺は森を目指す。
俺を視界に入れた途端付いてくる受験者がいたが、縮地の速さに付いて来れる者が少なかった様で結果殆どの者を撒いた結果となった。
「……さて、試験が始まったな。」
ある程度森の深くまで移動して暫く地形の確認を含めて散策していたが、森が得意な個性を持つものはそこまで速さを持ち合わせて居なかったのか、一向に他の受験者と鉢合わせにならない。
ふむ、と一旦森の中で立ち止まり、気配を探る。
俺がこの森に到着して五分少々。
やっと森の入口の方に人の気配がチラホラ見受けられた。
「くそっ!雄英の3位、確かにこっちのほう来たと思ったのによォ!」
「でも、あんな強ぇヤツ相手に俺達勝てんのか…?」
「やってみなきゃ分かんねェだろうが!」
そんな事話してる二人組を見つけて、俺は愛刀に個性を宿しながら高く跳躍する。
それは木の高さを超え、宙返りをして男二人に向かって垂直落下する。
「覇導一神昇華流
二人の視界に入るか入らないかの高さで、勢いそのまま愛刀を横に一閃。
これが真剣であれば首が飛んでいたが、覇気を乗せた剣気で二人は右の方へ吹っ飛んでいき立派な木へ叩き付けられた。
威力の調節を少し誤ってしまったのか、打ち所が悪かったのか、叩き付けられた太い幹は折れて大きな音を立てて倒れた。
覇導一神昇華流は、闘志を刀に宿して舞う様に技を振るう。
個性がまだ発現していなかった遠い昔では、神に奉納する剣舞神楽としての役割もあったそうだ。
一見すると、刀を構えながらひらひら舞う姿は優美な印象を受けるが、実際に受ける一振は大岩をも砕く。
この山斬花という技は、複数人を横に纏めて一薙ぎするもので多人数相手にはとても効果的である。
勿論勢い良く横に大振りするので一体一の場合、隙を作りやすいが先程の様な不意打ちであれば問題無いだろう。
刀を鞘に収めて気絶している男二人に六つのボールを全て的に当てる。
俺の付けていた的はぽん、と点灯して控え室へ誘導する声が流れた。
それと同時に地面が揺れる感覚を覚え、個性なのだろうが少したたらを踏む。
「地震、のような個性か…?」
スタート位置の少し離れたあたりから悲鳴の様な声が多数聞こえる。
戦いが激化し始めたのだろう、と俺は皆の身を案じたのだが彼等ならきっと大丈夫だと信じる事にした。
そして俺と同時に通過した者が居たらしく、その者がなんと120名を一気に脱落させたとアナウンスされ、俺は一騎当千の出来る猛者が潜んでいるのだなと独りごちた。
それのお陰で俺の通過は目立たなかったみたいだが、特に気にしなかった。
そうして、俺は他1-Aの面々が別の所でピンチに陥っている事を知らずに、そのまま一人悠々と控え室へ移動する事となる。
控え室の扉を開けると、雄英の教室程の広さに長机や幾つもの椅子が設置されていた。
机の上には飲料や軽食が置かれており、人が一人だけ中央で仁王立ちしていた。
「あ!!!!大和さん!!…っスよね?!!
コスチュームめちゃくちゃ似合うっスね!!」
俺を視界に入れた瞬間、仁王立ちしていた人物……イナサ殿に大型犬の尻尾がブンブン振られている様な幻覚が見えたが、そんな彼はズイズイと俺に近付いてくる。
そう言えば会場入口で会った時は制服だったから、コスチュームでの姿は見覚えないのか。
そういうイナサ殿は嘗ての帝国空軍の様な戦闘服であり、彼の大きな体躯を更に威圧的に大きく見せている。
俺は思わず「(……もう少しのんびり試験受けてても良かったかもしれない……。)」等と思ってしまっていた。
否、イナサ殿が嫌いだからという訳では無いのだが…どうしても勢いに気圧されてしまうのだ。
「えぇ、と……イナサ殿…?」
「はい!!名前呼んでくれて嬉しいっス!!」
「傷はもう塞がったか?」
「はい!あの時は手当ありがとうございましたっ!」
俺が立ち尽くしていると、イナサ殿は俺の手を取って適当な席に座らせる。
その横にドカ!と腰掛けたイナサ殿は、俺に当たりそうな戦闘服の硬そうな部分を避けたり外したりして、溌剌とした笑顔を向けてくる。
その様子に少し微笑ましさを感じてしまった俺は、中学の剣道部時代にも似たような事があったな…と想いを馳せる。
幾つか他愛も無い世間話をする事になったが、どうやら120人を同時に倒したのはイナサ殿だった。
矢張り雄英の推薦入試を首位で合格した実力は本物の様だな…と、一人納得していた。
「体育祭見てたんっスけど、大和さんあんなに強いのに、
推薦入学じゃなかったんっスか!?」
「ああ…俺の中学は、推薦に一人しか出せないからな。」
「えっ!!じゃあ推薦入学した人と同じ中学だったんっスね!!」
「そうだな。
轟 焦凍というのだが、知っているか?」
そう返答した途端、室温が数度下がった気がした。
楽しそうに話していた筈のイナサ殿の瞳が、急激に冷え切っており俺は思わず戸惑う。
「…イ、ナサ殿……?」
「…ああ!エンデヴァーの息子さんっスよね!
へぇー!大和さんはあの人と同じ中学なんっスねぇ!!」
中学どころか五歳くらいからの幼馴染なのだが…。
直ぐにパッと顔色を戻したイナサ殿に、何だが嫌な予感しか感じない。
憎悪の様な嫌悪の様な、拒絶に近いその暗い感情に俺は混乱していたが同時に推薦入試で何かあったんだな……と予想出来た。
深くは聞けない空気に、こめかみを抑えて小さくため息を着いた。
「俺ともそれくらい、いや…それ以上に仲良くなって欲しいっス!」
「えぇ…と…何故?」
「大和さんの事、凄く尊敬してるし大好きだからっス!!!」
距離が近いな……と困ってしまうものの、純粋な好意を無下にする事も出来ない。
次々に一次通過者が俺達を一瞬見ては目を丸くしてその場から離れて行く。
否、離れて行かないでくれ……。
あの一瞬の出来事でどうしてこんなに懐いた…?
正直懐かれる事に関しては嫌悪感等は無いし、今後ヒーロー活動する上でも協力関係になれるならそうしたい面もあるので、まぁ有難いのだが…これは、どうすればいいんだ……。
イナサ殿に握られた両手を何処か遠い目で見つめる事しか出来ないが、幸か不幸か目元を隠している為、未だキラキラと眼差しを向けている彼には俺の表情は伝わらなかった。
「大和。」
突如俺の肩をぐい、と後ろに引かれたが掛けられた声ですぐに焦凍だと分かった。
ぽす、と焦凍の胸元に俺の後頭部が当たる。
その瞬間、イナサ殿の顔がまた無になり極寒になる。
焦凍も冷気が出てしまっているので、さながらここは北極か南極なんじゃないかとすら思える。
俺が寒さ(と気まずさ)で震えたのが分かった焦凍が、冷気を抑えてホカホカと体を温め始めた。
以前より温まるのが早くなったから、個性の調節が上手くなったなぁと感心してしまった。
「…………。」
「…………。」
その間、イナサ殿と焦凍はほぼ睨み合っていると言っても過言では無い状況だ。
心做しか吹雪が吹き荒れている幻覚すら見える。
流石にこれ以上ギスギスすると二次試験に差支えがあると思い、イナサ殿の手をそれとなく解き、焦凍に大丈夫という意味を込めて頭を優しくぽん、と叩く。
焦凍はそれに機嫌を良くしたのか、目尻をふと緩ませて「そろそろ他の奴も来るだろうし、集まっとこう。」と提案して来て俺もそれに頷いた。
「それでは、イナサ殿。また。」
「はい!」
先程までの泣く子も黙りそうな圧は消え失せ、俺に笑顔を向けて穏便に別れてくれた。