第二話『入試』
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2月26日 入試当日
日が昇ると同時に俺は布団から出る。
時計を見て、着替えて日課の走り込みに出た。
外に出る瞬間刺すような寒さに、この時期は玄関先で縮こまる人も多い。
俺も寒いのは苦手だが、何だかんだ走っているうちに忘れてしまう質である。
筆記試験の対策は、自身の許す限界まで教科書を睨んで読み込んだ。
苦手教科である英語と理科も、教師に躓きやすい所を須らく聞いて勉強した。
…これを本番でも出せれば、いい所に収まるだろう。
只、不安があるとすれば実技試験だ。
動きやすい格好で持ち込みが自由という事は、やはりヒーロー科として模擬戦闘なのだろうか。
父上に聞くのは狡をしている様で個人的に好かないし、考察を重ねてみるが俺の想像力が乏しい所為でいまいちパッとしない。
何よりも恐れているのは、個性を発動させた自身の刀を人に向ける事だ。
俺の刀は誰かを護る為の刀であって、誰かを傷付ける為のものではない。
いつか敵と対峙し、向けなきゃいけないのは分かっているのだが……未だに踏ん切りが付かないでいた。
「……やむを得ない、のだろうか。」
駆ける事を止めず、只管走っているうちに良い時間になった。
家に戻って玄関を開けると、目の前に父上が立っている。
「!…父上、お早うございます。」
「あぁ、お早う。…大和、朝餉後に少しいいか。」
その言葉に返事をしながら、自室に一度戻る。
濡れた手ぬぐいで軽く体を拭き、着替えてから朝餉を済ます。
そして父上の部屋の前に立ち、襖に手をかける。
「父上、お待たせ致しました。」
「あぁ。」
静かに襖を開け、部屋に入る。
襖を閉めて、此方を見据える父上に向き直った。
「…大和、入試ギリギリで呼び止めてすまんな。」
「いえ、大丈夫です。」
軽く首を振り、父上に目を合わせると父上は瞳に強い光を宿らせた。
「今お前は剣に、力を奮う事に迷っているだろう。」
「! ………、はい。」
お互い正座をして向かい合い、早朝の空気と静寂に包まれた、父上の部屋。
凛とした空間に、父上のため息が流れ少し不安になる。
俺は嘘をつけない性格である事は自負している。
しかし、こんな事で父上の信頼を失いたくなかった。
思わず顔を俯かせてしまうが、それもすぐに上げることになる。
「俺もな、お前くらいの時は自分の個性を…人に向ける事が怖かった。ずっと。」
「…ち、ちうえ。」
「迷っていいんだ。答えを急ぐ事は無い。迷う心を持つ者は、何よりも優しい心を持った者だからな。」
それだけ言うと父上は立ち上がり部屋を出ていく。
思わず後を追おうとすると、振り向いた瞬間には父上は襖を開けていた。
その父上の手には、何やら布が握られている。
「…父上、それは?」
「巴と弥生が、お前の為に作ったそうだ。持っていけ。」
母上と姉上の名前を出し、俺の手に握らせたその布。
意外としっかりした生地の作りで、ゆっくり広げてみると竹刀袋だった。
矢絣の模様が入った藍鉄と白藍に彩られた竹刀袋。
刀身が入る中腹辺りに、金糸の刺繍で『武士道』と施されていた。
思わぬ家族からの後押しに、目を白黒させ一拍して、心の中心からじんわりと温かい熱を感じた。
嬉しい、今心からそう思っている。
「大和、俺達の愛息子よ。…大丈夫だ。お前の道を、俺達はいつも見守っているからな。」
「……はいっ…!」
ゆっくりと撫でられた頭と、ぽんと叩かれた肩から温もりを貰い、自室に戻る。
精神統一をして、貰ったばかりの竹刀袋に愛刀を入れ、身支度の仕上げに入る。
洗面台で髪を結い直した俺の目は、走り込みに行く前より真っ直ぐ煌めき、鏡を見つめている。
「……よし、大丈夫だ。」
一つ深呼吸して、踵を返す。
玄関に向かうと家族全員が迎えてくれた。
俺は、本当に恵まれ過ぎている。
「…行って参ります!」
俺は試験に向かう為、この温かい家を後にした。