第十四話『蠢く』
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目隠しを外されると、そこには和室があった。
畳の香りが鼻腔を擽る。
床の間には紫陽花が生けられ、その空間を彩っている。
障子や襖、欄間などには華美な装飾はなく、質素に感じる者もいるだろうが洗練された雰囲気を感じ取れた。
「此処が…エッジショット殿の事務所、ですか?」
「2週間程前に急拵えしたものだ。今回の職場体験用に雑居ビルの1フロアを買った。」
俺の後ろに居たエッジショット殿の言葉に、少し目を丸くする。
「わ、態々職場体験の為に…ですか?」
「否、元々必要ではあった。この都心部で依頼を受けているのでな。
その依頼を完遂するまでは、此処を拠点にしようと思っている。」
「ふむ……長期に渡る依頼ですか。
俺に出来る事はありますか?」
エッジショット殿にそう尋ねると、彼は2つの座布団を出しその内の1つに座った。
静かに手招きされたので、俺ももう1つの座布団に座る。
「依頼内容は詳しくは話せないが、簡潔に言うと”とある組織の情報”を探している。
しかし、事件・事故・災害はいつ起きるか分からない。
俺は影で動く者。故に君には、表でヒーロー活動を行って欲しい。」
「……情報を探っている間、エッジショット殿達の隠れ蓑をすればいい…という事でしょうか。」
その言葉にエッジショット殿は軽く頷いた。
「主にやってもらうのは見回りだ。
部下を一人付けておく。”自分でも解決出来る範囲”のものだけを見極め、立ち回って欲しい。
危険だと判断した場合は、部下が止めに入り我々にも連絡が行くようにする。」
ただ着いていって見学するだけの事が多いであろうと予想していたが、意外にも自由に行動させてもらえるらしい。
思わずいいのだろうか、と躊躇してしまう。
「俺は他のヒーローと比べてパワーが足りない。
だから、不測の事態になった時後手に回る事がある。その代わり隠密行動が得意なのだが…、俺の部下はそこまで多くもなく、人員は限られている。
職場体験に来た君には、俺達が動きやすい様に足りない部分を補ってもらう。」
「…承知致しました。」
俺が頷くと、エッジショット殿はその凛とした眼差しを真っ直ぐに向ける。
「他の職場体験生より、より実戦的になる分危険も伴う。
しかし、君にはそれ程の力があると思っている。是非、学んでいってくれ。」
「宜しく御願い致します!」
こうして、俺の職場体験は始まった。
その後エッジショット殿の部下である"カラス"という個性を持った『コガラスマル』殿と顔合わせになった。
エッジショット殿に呼ばれた男は、長身で痩せ型の体格に、山伏の様な戦闘服を身に付けた20代後半から30代くらいの男で、つんつんとした短い黒髪と目元が隠れる黒い鴉面が特徴的だった。
これからの職場体験は、この御仁と共に行動することになる。
お互いに軽く自己紹介をする。
「よう。おれぁコガラスマル。鴉みてぇなこのでっけぇ羽と、手足を鴉みてぇな鉤爪に出来る個性だ。
一応飛ぶ事も出来るが、人を運べるのは精々二人までだな。
力はねぇが知識はある!なんかあったら報告してくれぇ。」
ニカッと笑ったコガラスマル殿に、俺も鴉面を見る。
「俺は雄英高校一年の西椋 大和です。ヒーロー名は『ブシドウ』と名乗る事にしています。
棒状の物を刀に変え、障害物を斬ったり気配を読んだりする事が出来ます。
コガラスマル殿、御指導・御鞭撻の程宜しく御願い致します。」
頭を下げると、ケラケラと頭上から笑い声が聞こえ「いやぁーお堅いなぁー!」というコガラスマル殿の言葉が届いた。
その瞬間…ぽんっ、と頭に軽い衝撃が来る。
「少しの間だがなぁ、おれぁ可愛い後輩を持った訳だよ。おれぁ結構甘やかすタイプだからなぁ。
ま、肩の力抜いてやってこーぜブシドウ。」
そう呼ばれ、改めて自分がヒーローの道を進んでいる事を再確認する。
コガラスマル殿の飄々した雰囲気に少し戸惑うが、それをエッジショット殿は微笑ましそうに見つめていた。
……大和が職場体験を始めたその一方で、闇もまた知らぬ所で動き出している。
とある雑居ビルの一室、バーに居るのは3人の男。
1人はかったるそうにバーカウンターの椅子に腰かけ、1人はカウンター内に立ち、同じ方向を見つめている。
少し離れた所に立っている男は、体中の至る所に刃物を携帯している異様な姿だった。
「なるほどなァ…おまえたちが雄英襲撃犯…。
その一団に俺も加われと。」
「ああ頼むよ、悪党の大先輩。」
死柄木弔と黒霧が、1人の男に交渉を持ちかけている。
その男は今世間を騒がす”ヒーロー殺し”ステイン、その者であった。
「…………目的は何だ。」
「とりあえずはオールマイトをブッ殺したい。
気に入らないものは全部壊したいな。
こういう…糞餓鬼とかもさ…全部。」
ステインに見せつける複数の写真。
その1番上には緑谷出久が写されていた。
「…ハァ……あそこにある餓鬼はいいのか?」
ステインが死柄木の奥を顎で差す。
そこにはダーツの的に刺さった大和の写真があった。
「こいつはダメだ。俺んとこに引き入れるから。
…俺のにするんだ。おまえにもやらねェ。 」
澱んだ瞳と歪な笑みを浮かべる死柄木に、ステインの目は冷え切っていた。
「興味を持った俺が浅はかだった…。
おまえは……ハァ…、俺が最も嫌悪する人種だ。」
「はあ?」
両脇腹に携帯されているサバイバルナイフに手を掛けるステイン。
その表情には一切の躊躇が無かった。
「子どもの癇癪に付き合えと?
ハ……ハァ、信念なき殺意に何の意義がある。」
その様子に黒霧は慌ててスクリーンに声を掛ける。
そのスクリーンからは、”先生”と呼ばれた男性の声が発せられた。
『これでいい!
答えを教えるだけじゃ意味が無い。
到らぬ点を自身に考えさせる!成長を促す!』
『「教育」とは、そういうものだ。』
一触即発状態のバーに合わない、そんな落ち着いた言葉が落とされる。
生徒の成長を楽しみにしている教師の様な、変に慈愛が篭ったその言葉は、この空気の異質さを物語るものだった。