第十四話『蠢く』
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ヒーロー名が付いて日を跨ぎ、1-A生徒諸君は職場体験に向けて準備を進めていた。
殆どの者が行き先を決め、落ち着いて来た頃なのだが…この日の放課後、俺は大量の紙の束に未だ悩まされていたのだった。
緑谷殿程ではないが、俺も自然と独り言が多くなる。
こういう行き詰まった時は、他の者の意見も参考にするべきと席を立ち、飯田殿の所へ向かう。
体育祭等もあり忙しなかったが、元来勉強等に躓くと俺は飯田殿に聞くようにしていた。
入試からの知り合いで話し掛けやすかったのもある。
しかし何故かって、飯田殿は教え方が上手いのだ。
俺がしっかり理解してから進行するし、何より字が綺麗で図解も分かりやすい。
逆に焦凍は感覚で物事を教えるので、俺には合わずそれに伴い受験勉強では先生に聞いて乗り越えていたが、今は素晴らしい学友に巡り会えたのだ。
ふむ、矢張り持つべきものは友だな。
「飯田殿、少しいいか?」
「…ん、どうしたんだ西椋君。
先程の時間で分からない所があったのかい?」
神妙な顔で資料を見ていた飯田殿が、此方を向き眉間の皺を少しだけ解した。
「嗚呼、分からない…と言えばそうなのだがな。
先の職場体験の件で、相談したい。
俺はヒーローの流行り等は分からんし、自分に合っている所がさっぱりなのだ。
緑谷殿は何やらオールマイト先生に呼ばれてしまったし、書類の提出期限も迫っておるしで…困ってしまってな。」
そう、この膨大な情報量から俺は事務所やヒーローの名前だけでは、全くもってどの様な活動を主としているのかが読み取れず、途方に暮れていた。
安土や姉上なら手馴れた様子でホームページをさっと読ませてくれるのだが、機械に疎い俺がこの量のヒーロー達を調べる事は困難であった。
そんな様子を感じ取った飯田殿は、成程と頷き俺から書類を受け取り真剣に項目を見て行く。
俺はその飯田殿の横顔を、手持ち無沙汰故にじっと眺めていた。
「……飯田殿、もしかして眠れていないのか?」
思った事を、ぽつりと口に出すと飯田殿の資料を捲る指が止まった。
バッと何かを誤魔化すように勢い良く此方を見る。
「ど、どうしてそう思ったんだ西椋君。」
「飯田殿にしては珍しく、目の下に隈が出来ていたからな。
…もし、何か悩んでいるのであれば話を聞くぞ。」
目の辺りに手を向け動揺している飯田殿にずい、と今一歩近付くも、それを俺の渡した書類によって阻まれる。
「大丈ー夫!昨日は遅くまで予習をしていたのだ!
そんな事より、このヒーロー事務所はどうだろう西椋君!」
声を張り上げ、びしびしと文を指差し話題を変える飯田殿に、深くは聞いて欲しくないという意志を汲み取り、俺は少し息を吐いた。
言いたくないのであれば、無理には聞くまい。
その後、飯田殿にそのヒーローの事がよく載っているホームページや雑誌の記事を読ませてもらい、納得した上で提出書類の第一希望を埋めたのだった。
……だが、俺はこの時無理にでも飯田殿の口を割らせるべきであった。
そう、後悔してしまう事が後の俺達に立ち塞がる事をこの時はまだ、知る由もない。
書類を相澤先生に提出して、帰宅した俺は姉上に声を掛けられる。
いつもの如く、夕飯の買い出しだろうか?
「ねぇ、大和。最近凶悪な犯人が逃走してるんですって。
"ステイン"って、知ってる?」
「"すていん"?」
買い物袋を持ち、地元のスーパーへと向かう俺と姉上だが、その聞き慣れぬ単語に首を傾げる。
何でも、ヒーローを標的にしている凶悪敵らしく今は保須市に出没したとの目撃情報があるそうだ。
過去には17名ものヒーローを殺め、23名ものヒーローを再起不能にさせた別名『ヒーロー殺し』。
そして、その目撃された保須市では"インゲニウム"というヒーローが、ステインによって再起不能にされたのだという。
………インゲニウム、何処かで聞いた名だ。
だが、俺は喉の所まで出掛かっているその答えが家に帰る最後まで出てくる事は無かった。
もやもやとした気持ち悪い感じが、胸の中を満たす。
夕飯を終え自室に戻った俺は、ええいと腹を括り、入院している安土にメッセージを送った。
とつとつと何とか俺はメッセージを打ったのに対し、その倍の量の文と答えが数分後に返って来た。
『インゲニウムは、兄さんのクラスメイトに弟がいるはずです。
飯田天哉、眼鏡を掛けてる脹ら脛にエンジンを持っている…体育祭で兄さんと同じ3位の人ですよ。
その人がどうかしましたか?』
「………これは、…成程…。」
真実を知る事が出来たが、晴れる事の無いその胸の内。
序と言わんばかりに、少し頭が痛くなった。
……飯田殿は、今とても辛い気持ちで居たというのに、俺は…。
「…俺がどうこうした所で、…インゲニウムがヒーローに返り咲く事は無い、よな…。」
今のインゲニウムは無理だとしても、その名を受け継ぐ事は出来るだろう。
しかし、あまりにも突然過ぎるその事件に、飯田殿はそれ所ではないかもしれない。
以前ヒーロー名を考案する授業の際、飯田殿は酷く長考していたのを思い出す。
飯田殿がヒーロー名を名前にしたのは、これが理由だったのか…。
情報を知る遅さを痛感し、自責の念で押し潰されそうになりながらも、俺は明日に備えて無理矢理に気持ちを落ち着かせ、寝る事にした。