第十一話『奮え!チャレンジャー』
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観客達は焦凍の圧倒的な強さを評価していて、焦凍の霜には気付かない。
吐く息も白く、小さく震える焦凍に気付いているのは…俺くらいか。
汗ばむ掌を隠す様に、俺は強く手を握る。
誰か…誰でもいい。
俺以外の言葉で、焦凍を思い留まらせてくれ。
『圧倒的に攻め続けた轟!!
とどめの氷結をーー…』
「どこ見てるんだ…!」
緑谷殿から地を這う声と共に、もう一度衝撃波が放たれる。
壊れた指で放たれたものだが、充分な威力を持って氷結は打ち消された。
緑谷殿が気付いた。
焦凍の氷結の限度を。
そして、悔しさと憤りが緑谷殿の言葉に乗せられる。
「………っ!!皆…本気でやってる。
勝って…目標に近付く為に…っ、一番になる為に!
壊れた手を、強く握りしめて緑谷殿が叫んだ。
「
但し、緑谷殿の闘志は焦凍の癇に障るものとして受け取られた。
眉間に皺を寄せる焦凍は、凍えながらも緑谷殿を睨む。
「全力…?クソ親父に金でも握らされたか…?
イラつくな…………!」
霜で動きが鈍くなっている焦凍は、怒りのまま緑谷殿に突撃する。
しかし、それより速く緑谷殿が懐に潜り込み、右の重い一撃を焦凍の鳩尾に御見舞した。
焦凍に初めて大きな損傷を与え、観客が色めき立つ。
緑谷殿は、焦凍の氷結が弱まっている事にも気付いている。
口の端で残りの親指すら衝撃波を出し、そうまでして焦凍に問い掛ける緑谷殿を、俺は不思議に思っていた。
どうして、ここまでするのだろう…。
だが、それと同時に…時計の針がやっと刻まれた様な感覚に陥る。
緑谷殿が、自身の決意と焦凍への憤りを叫ぶ。
「全力も出さないで一番になって、完全否定なんて…フザけるなって今は思ってる!」
「うるせえ…」
俺の体が、思わず震える。
俺に今まで足りなかった事。
それを、緑谷殿は焦凍にするのだと確信した。
「だから……僕が勝つ!!
君を超えてっ!!」
やりたくもない修行に明け暮れ、愛する母に火傷を負わされ、焦凍の心は大いに傷付いた。
当時の焦凍を隣で見ている事しか出来なかった俺では、きっと焦凍を超えると面と向かって言えなかっただろう。
傷付いた焦凍が、独りになってしまわないように。
対等な好敵手としてでなく、安心して愚痴を言える存在として、俺は焦凍と接して来た。
だからこそ、付き合いの浅い緑谷殿だからこそ、説得力がある。
俺が言っても、それは焦凍にとっては慰めの言葉にしかならなかった。
「親父をーー…」
「君の!力じゃないか!!」
突然、会場は赤く包まれる。
凄まじい熱気が観客席まで届いてくる。
焦凍が…炎を使ったのだ。
「焦凍…!やっと…!」
つい潤んでしまった視界を、熱風に飛ばされる。
皆が舞台に注目する中、俺は焦凍のしがらみが解かれた事を感じて、静かに涙が零れていく。
緑谷殿によって気付かされた焦凍の顔は、今までよりもずっと頼もしく見えた。
「俺だって、ヒーローに…!!」
視界を潤ませ、不敵に笑い合う二人は、今度こそ本気でぶつかり合う事を予見させた。
観客席で咆哮を上げたエンデヴァー殿すら聞こえていない程、焦凍は試合に集中している。
お互いに、最後の振り絞れる全力をぶつける体勢に入るが、審判の先生方も同時に立ち上がった。
それはそうだ、この二人から放たれるであろう最大威力が凄まじいものなのは、想像に容易い。
そして、先生方の制止も間に合わず、その凄まじい力が中央でぶつかる。
大爆発と共に、膨大な白い煙で舞台が包まれる。
観客である俺達は、その様子を呆然と眺めていた。
煙が晴れた頃、緑谷殿は場外の壁に叩き付けられており、焦凍は三回戦進出が決定した。
俺は周りが何を言うにせよ、緑谷殿に感謝と息災を、焦凍には慰労と祝賀を込めて大きな拍手を送った。
1-Aの生徒の何人かは、緑谷殿が心配でリカバリーガール殿の所へ行ったようだ。
…俺も、緑谷殿に御礼を言わなくてはならない。
焦凍の瞳が、あの様に輝いたのを俺はやっと見る事が出来たのだ。
「…西椋?大丈夫か?」
「む、あぁ。心配無用、少し粉塵が目に入ったのだ。」
切島殿に肩を叩かれ、俺は手拭いで残る目元の水滴を全て拭った。
…焦凍も、前を向く事が出来たのだ。
俺も、気を引き締めねばな。
焦凍はまだ席に戻れていないが、少し早いが俺は控え室に向かう事にする。
しかし、その途中で捕まってしまった。
「…大和。」
「焦凍、三回戦進出おめでとう。」
新しい体操服に着替えた焦凍が、憑き物の落ちた顔で此方を見つめる。
「……大和は、ずっと俺にああ言いたかったのか?」
「…俺が言っても、余り効果は無かったと思う。」
俺達は、少し距離が近過ぎた。
きっと離さない様に、無意識に遠慮してしまう所もあっただろう。
「俺は…、ヒーローになりてえ。
…オールマイトのような、…大和のようなヒーローに。」
「…俺、に?」
突飛な発言に俺は目を丸くする。
焦凍は、眩しそうな顔で俺にこう告げた。
「…公園で頭撫でてもらった時から、大和は俺の
……だから、これからも俺のヒーローで居てくれ。」
思わず、拭った筈の涙が一粒溢れてしまう。
俺は…焦凍に、何も出来なかった訳では無かった。
少なくとも、焦凍にとって救いとなる存在になれていた事に、俺は心から安心してしまったのだ。
突然涙を零した俺を、焦凍は慌てた顔で眺める。
手を右往左往させて盛大に戸惑っていた。
「……っ、良かった。…本当に、良かった。」
手拭いでぐいっと一気に拭き、俺は少し赤くなった眼で焦凍を見る。
「…まだ、始まったばかりだ。焦凍。」
「…あぁ。」
「……お互いに、誉れ高いヒーローになろうな。」
額をごつ、とくっ付け幼い子供の様に笑い合う。
飯田殿と塩崎殿の試合が最高潮に差し掛かっているのを、背中で感じながら俺は焦凍と離れ、控え室へと向かったのだった。