第三話『スタートライン』
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卒業式も無事に終わり、今は懐かしき母校とも別れ、桜が舞う春が訪れた。
卒業式の時に、制服の釦を全て持っていかれそうになったのは流石に焦ったが、焦凍が気を利かせて制服を保護してくれたので無事に済んだ。
……剣道部の後輩達には滝の様に泣かれたな。
いやはや、思いの外好かれていたものだ。
そんな思い出に浸りながら、初の雄英登校日である今日、俺はネクタイに悪戦苦闘していた。
付けない訳にもいくまいし…ぬぬ、困った……。
おたついていると、母上の声が部屋の外から聞こえてきた。
「大和さん、焦凍君が迎えに来ているの。まだ掛かりそうかしら?」
「あぁ、母上すみません…。すぐ向かいます。」
取り敢えずネクタイを首元に通すだけ通して、玄関へ急ぐ。
歩きながら忘れ物がないか確認し、俺は靴を履く際にずれ落ちそうになる竹刀袋を背負い直した。
行って参りますと声をかけて、玄関を出ると焦凍と目が会い、そしてその目を丸くされた。
「……大和、ネクタイ結べないのか?」
「う”……。」
今日に限って父上は警察省の挨拶に向かっていて、母上は家事で忙しそうにしていた。
聞くに聞けずこの形で収まってしまった事が我ながら情けない…。
「ん、大和。後ろ向け。結んでやるから。」
「何故焦凍は同じ学ランだったのに結べるんだ……。」
少し不貞腐れながらも、竹刀袋と鞄を前に降ろし後ろを向く。
肩を悠々と通っていく腕を見ながら、身長差を改めて思い知り、焦凍の成長をしみじみと感じた。
「私服でもネクタイ結ぶ時があったからな。出来たぞ。」
「有難う。…ヒーローの会合とかで、か?」
「まぁ、そんなもんだ。」
綺麗に結ばれたネクタイを確認しながら、焦凍の暗く澱んでしまった瞳の光を盗み見る。
焦凍は、半分だけの力でこれから勝ち進んでいくと決意している。
俺は…その決意を引き止めるべきなのだろうか。
このまま焦凍が、焦凍の望む通りに結果を出して行ったら…どうなってしまうのだろう。
歩きながら俺は声を掛けた。
「焦凍。」
「何だ大和。遅れるぞ。」
俺は……。
「頂点を目指す焦凍は、いつか俺と戦う時も来るだろう。
その時ばかりは、すまないが全力で来て欲しい。」
我儘なのは分かっている。
只、どうしても自分の力を否定し続ける焦凍が、見ていて悲しくなった。
「…………、わりぃ。」
「……そうか。いや、いいんだ。」
目を逸らされて、謝罪を口にする焦凍に俺は詰め寄る事が出来なかった。
あぁ、矢張り…俺では駄目だったか。
まだ見ぬ雄英の生徒や教師の中に、焦凍の影を照らしてくれる者がいる事を願いながら、俺は足を速めた。
「俗に言う、通勤らっしゅだな。」
駅へ向かえば、人混みに流されて先程の気まずい雰囲気も無くなる。
焦凍を見ると、満員の電車内に潰されそうになっていた。
慌てて引き寄せて角の隙間へ避難させると、焦凍は少しばかり居心地悪そうにしている。
「何か……俺の立場がねえ…。」
「どういう意味だ?」
そうして揺られている内に、電車に乗って40分が経った頃だろうか。
もう数駅で雄英の最寄り駅に着く筈。
そう思っていた時に、後ろの気配が不意に動いた。
む?と思っていると、俺の腰かその下辺りを物色している。
スリか?と思うのだが、何やら動きが執拗い。
変な感じではあるが、その辺りに貴重品は入れていないのと満員電車の身動きが取れないのも相俟って、俺はその輩を放置する事にした。
残念だったな泥棒よ。
そこに財布は入ってないぞ。
もし目的の駅まで乗っていたら、未遂だが駅員に引き渡そう。
そう思っていると、焦凍の顔が険しくなっているのに気付いた。
「どうした焦凍?具合悪いか?」
そう言った時に、丁度雄英の最寄り駅に着くアナウンスが聞こえる。
と、同時に焦凍が俺と場所を入れ替わる様に俺を引き前へ出て、後ろに居たスリ未遂犯の手を捻りあげた。
男の情けない悲鳴と俺のは?と言う疑問の声が重なる。
「…俺の前で、コイツに痴漢すんじゃねえ…!」
「しょ、焦凍!?」
丁度開いた自動ドアに向かいながら片手は俺の手を引き、もう片手で犯人を力強く引き摺り、駅員に何か言ってから俺の所へ戻ってきた焦凍。
何やらとても不機嫌そうだ…。
というか…。
「あれ、痴漢だったのか……。」
「鈍いにも程があんぞ大和。」