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僕たち双子にはヒミツがある。
これまでに僕たちのヒミツを暴けたものは、職場の人たちや大学の学友、同郷の友達から身内の人間でさえ誰1人として居ない。
出演者のなかの無意識に、推しポイントを見出す目敏い視聴者の中にもそうそう見抜けたものはいないだろう。
東問はそう確信していた。そこにはせっせこと隠蔽工作を働く双子がいたからだ。
ふたり揃って実直で、ドッキリの要素に対しても「そういうもの」だと受け入れたり、そもそも気づかないというケースも__そんな伸びやかに育った双子による隠蔽工作を働くほどのヒミツ。
「ん〜」
問は他人事のように想像してみる。
双子のクイズ王として沢山のメディアに露出してきたが、実は東問と東言は双子ではない……とか。
無理があるな。
じゃあ、東問と東言は実はひとりの人間だった。どちらかが一人の寂しさのあまりに、分身を作り出しているとか。
これはあるかもと、「仕事するから」と言に放置されていた問は腑に落ちかけていた。
しかし目の前にいる言の体温が虚なのは耐えられそうになくて、已の所で踏みとどまったのだ。
臓器たちが戦慄してにわかに冷え始める。
もしもの話に思いを馳せていると、指先に孤影の血が通う。
言のつむじ周辺に生えている毛を巻き込ませて、円を描くように人差し指をくるくる回して遊んでいた。作問にどっぷり集中していて、眼下にいる言は何も言わなかった。
言が何もアクションを起こさないので、迷惑しているが許容しているのか、シンプルにムカついて無視しているのか問には見当つかなかった。
それでも不穏なそれが指先に流れた瞬間、整髪料をつけていないさっぱりとした髪が、問の指に絡むことなく溢れるようにするりと解けたとき、その指には言の指がしかりと絡まっていた。
じんわりとあたたかくて、熱が広がるように指に馴染んでいく。
それに柔らかく目を細める。
「問ちゃんさ、小腹空いてない?」
言の次の言葉なんてまるっとお見通しだった。わざと間をつくって僕に続きを催促させる言ちゃんに我ながらいやらしく笑う。
「冷蔵庫の中なんもないよ」
特に意味なんてないけど、意地悪をした。
「問ちゃん」
ちがうんでしょ、知ってるよ。
「なあに言ちゃん」
パソコンから身を引いた言は隣に腰かけた。
「問がお菓子だしてよ、じゃないと意味がない。それが俺たちが俺たちである証明でしょ?」
深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいている。言の次の言葉を知っている僕と同じように、言ちゃんもまた僕の心を知っているのだ。
深淵の底にいっとうに眩しい星を見つけたのは、俺の人生における最大の幸いなのだろう。
ニーチェもカムパネルラもきっとそうだと首を振っている。ひょっとしたら自分たちが言いたかったことと、本質がまるでちがう!と首を横にぶんぶん振っているのかも。
眼鏡のレンズ越しでも損なわれない[[rb:燦々 > さんさん]]と輝く瞳に目も思考も心までも奪われる。自分の何もかもを吸い取られた心地だった。悪い気はしない。
「しっかたねぇーなぁぁ、ほれ、だしてやるよ」
すぅううっとすこし息を吸って、「むむっ」と程よい力を込めると、コミカルなオノマトペが聞こえてくるのとともに、自分の手には簡素なつくりの星の棒が収められていた。部屋の照明のもとにあるのに、棒の先にある星は淡い黄色に発光していた。
「はーやぁくぅ」
「まちんしゃい」
くるくるといい感じに棒をまわせば、言ちゃんの手の受け皿に、流れ星の如くお菓子たちがぱらぱら落下していく。突如何も無いところからぱんっと弾けるように現れた白い煙。そのなかから蛋白石の煌めきのようなきらきらを纏ってお菓子たちは生産される。どういうメカニズムなのかは未だに解明されていない。
「ねえ、なんでチョコマシュマロばっかなの」
「文句をいわない!」
「あぁあ、すみません」
言が包装を開けると、僕たちの故郷“ゆめ星雲”を彷彿とさせるふっかふっかのマシュマロが詰まっていた。袋から取り出せば、真空されていたマシュマロは空気を体内に取り込んですこし膨らむ。
「ひとつちょうだい」
それで俺の機嫌をとってよ、なんて言ちゃんみたいにくさい言葉は声にすることはなかった。
それでも口を開けて待機していると、すぐに甘ったるくて幸せでいっぱいの香りが鼻腔内を突き抜ける。まったく世話焼きめ。咀嚼すればするほどに満たされていく。
マシュマロが唾液と絡んでネチョネチョとなり胃に落ちるころには、すっかり郷愁に駆られ、窓の外にある広大な星空を言と眺める。肉眼では目視できるはずもないけれど、そこには確かに僕たちの生まれ故郷がある。
「ねえ、言ちゃんはさ」
「ん、なに」
「おもいやり星でのこと、思い出せる?」
ゆめ星雲の思いやり星。問と言が地球にやってくる前、ふたごのきょうだい星として生まれ育った僕たちのもうひとつのふるさと。
言ちゃんは思案するように指で顎を撫でる。
問の問題のような質問のような問いかけに渋い顔をするわけでもなく、ただ部屋の隅の一角をじっと見ている。
きっとやつの利発で些細なことまでもが洞察深くなってしまう脳内では、僕の言葉に対して正しく咀嚼しようと脳細胞たちが働いている。言が想像する問にとっての正解と自分が納得する答えの重なりを律儀に探している。難儀で可愛いなこいつ。
ふたりいる部屋なのに、言ちゃんが思考の海に片足突っ込んでしまったせいでとても静かだった。僕は気が短いほうなので星の棒の先端でぐりぐりと言ちゃんの肩を小突いた。手の平でやんわりと受け止められて、軽くあしらわれた。
「問」
「なに」
ニッと言ちゃんが笑った。
「久しぶりに帰省してみる?」
遥かとおくの天蓋へ、垂直にとんとんと指さす言。
禁忌である提案に僕は口をあんぐりとさせている合間に、言はノートパソコンを閉じおおきな星を背負っていた。
自由に飛べるおおきな星はおかあさま星が言ちゃんにくださった代物だ。僕はというと、おとうさま星がくださったお菓子が無限に製造できる例の星の棒!じゃなくて(できるんだけども)、本来の意図としては、おおきな星の方向を決める代物だ。僕たちの大事な宝物。このふたつと、つかれたときに休むことのできる不思議なバラ色雲を駆使して僕らはこの泣いている青い星へとやってきた。
「久しぶりに問ちゃんのパンケーキも食べたいし、星釣りもしたいし、俺らのお気に入りでいっぱいの家で遊びたい、ねえ問」
網膜に焼き付いた生涯忘れることはない、言のあの笑顔がフラッシュバックする。
本当は問は地球に来るのが怖かった。地球には辛いこと悲しいことが沢山溢れていることを、白い雲の上から眺めてきたから。それでも言ちゃんは勇猛果敢に地球に永住することを決意した。二の足を踏む僕に言ちゃんは「俺がいるじゃん」って、いっぱいの笑みを湛えて手を引っ張ってくれた。
あの時と重ねて目が熱くなる。
ずるいずるいずるい。ねえ、どうしよう。言が大好きで。どうしようもないくらい眩しい。おればかみたいじゃん。
おおきな星を自分の背中に括りつけようと、言はピンク色のリボンで胴とを結ぶ。流れるような工程に躊躇なんてみられなくて、思わず衝動的に星越しに抱きついた。間に挟まれた星が爆発しそうなほど力強くきゅっと抱きついて、前で結ばれたリボンに手をかけてほどく。それでも星は床に落ちることはなかった。だって言ちゃんが僕のリボンをといた指を、離してくれなかったもん。
「すき。すきすき。言ちゃんだいすき」
上目遣いで言ちゃんの顔を覗く。
あ、知ってるって顔だね。ゆるりと微笑んだ言は余裕綽々に口を開いた。
「いいの?絶好のチャンスじゃない」
「もういいの!いじわるしないでよ」
わざと拗ねたフリをみせると、やれやれといった具合に愛しの片割れは僕を仕方なくお姫様だっこする。もちろん行き先は寝室である。
「さて、どうしたら僕のお兄さんの機嫌が良くなるか、俺だけに教えてよ」
「んふふ、言ちゃんにだけ教えてあげる。
それはねえ、____」
⟡.·*. おしまい ☆*。
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