2014年6月


ウワサの時計塔。



梅雨によりしとしと雨が降り注ぐ夢路町。
最初は大雨にもはしゃいでいたが、こう何日も続くとさすがに飽きてくる。今日も朝から雨模様で、それは夜になっても変わらない。
聖フィアナ女学院学生寮。
久瀬比奈麗は自室にて、風呂で濡れた髪をタオルで拭きながら窓に伝う水の流れをふて腐れたような表情で見つめる。

今、何時だろう。
外は暗く、室内は明るく、鏡のようになった窓ガラスに写る時計を見やる。逆転して何時だかよく分からず、じっと見つめる。
後ろを振り返ればすぐに分かるというのに、横着したのがいけなかった。

「……ん?ここ、どこ?」

瞬きの瞬間、今までの景色とはがらりと変わって。右の壁にも左の壁にも床にも天井にも大小さまざまな時計だらけ。しかもどれも同じ時刻、11時59分で止まり動く様子がない。
時を刻むのを忘れてしまったのか、止めてしまったのか。

不思議な空間に来てしまったらしい麗はおもむろに部屋着のポケットから携帯を取り出し、アレセイアを起動してみる。果たして夢世界と同様にゴルグルを召喚することが出来た。

「グルちゃんが出てくるってことは、ここ夢世界なのかな?うららちゃん冴えてるじゃん!」

自画自賛をして、首にかけていたタオルを腕に巻きゴルグルを止まらせる。一声鳴き、彼は主に寄り添う。

「今日もよろしくねグルちゃん!それにしても、時計がいっぱい……。あれかな、ウワサの時計塔の中ってやつ?なら、これで来たくなかったな……」

自分の部屋着姿を見てぽつり。少々不満を語りつつも、言葉にすると頭がどうしようかと働いてそれなりにいいアイディアが思いつくもので。
しっかりとイメージをして、目を閉じて念じる。次に目を開くといつもの制服姿へと変わっていた。

「やった!変わった変わった!やっぱりこれが一番!……よし、気合い入った!!」

紺色に包まれて満足気な麗は相棒を連れて、意気揚々と目の前に続く広く長い廊下へ一歩踏み出す。

進んでいて、変わったものは特になかった。異様な数の針が進まない時計はたくさん見たせいなのか、そのうちにここではそれが当たり前なんだと思うようになっていた。
廊下の突き当たり、開けた楕円の空間に踏み込む。天井は高く遠く、ゴルグルが飛ぶには格好の場所だった。

壁や床と同じく白く汚れのない天井を見上げていると、小さな黒い点を見つけた。目を凝らすと微かに蠢いているような気がした。それはだんだん大きくなって、だんだん近づいてきて。
床にぶつかり轟音が響き渡る。正体は夢世界に住まう真っ黒な化け物、レテであった。もぞとぞと全身を波打たせて何かを探している。

ぞわり。背筋に悪寒が走る。
レテと目が合った気がした。目なんて存在しないが本当にそんな気がした。
頭のような出っ張りをこちらへ向けて、口の辺りが大きく裂けた。雄叫びを上げるでもなく、噛みついてくるでもなく。黒く底が見えない空虚を見せつけられ、芯が冷えた。

目の前のレテは小刻みに黒い巨体を震わせる。辺りの空気が一気に冷却され、吐き出す息が白く濁る。
あまりの寒さに両手で肩を抱きながらぶるっと身震いをして、ふと足下に違和感を感じた。本能的に飛び退ると今まで立っていたところから氷の柱が床を突き破って伸び上がる。

「ウソでしょ!!レテって、とくしゅのーりょく使うやついるの!?」

慌ててその場から離れ、ゴルグルに伝承の能力を付与する。舞い上がり灼熱の炎に包まれ、大きく膨れ上がり、翼をはためかせると紅蓮の不死鳥が姿を見せた。
同時に、ずん、と身体に重みを感じる。特権者として未熟なために負荷が余計にかかってしまう。

「ちょーきせんは不利だね……!一気に攻めるよ!」

麗の声に応え、不死鳥は翔ぶ。
敵と見なし、レテは狙いを定めて次々に鋭い武器を出現させる。襲いくる氷柱を華麗に避け、火の粉を散らしながら羽ばたき、旋回を繰り返し。
レテはどうにか仕留めようと奮闘するが叶わず。しかも不死鳥の策略に嵌められ周りには自身で築き上げた氷の壁、自ら逃げ場をなくしていた。
きらびやかに羽ばたく度に火の粉は数を増し、酸素と反応して大きな渦を生み出す。それは氷とレテを覆い隠し、明るく赤く燃えていく。急激な温度変化により氷にひびが入る。瞬間、耐え切れずに弾ける。
盛大な音を立てて崩れ落ちた結晶は黒い化け物を道連れに消えてしまった。

足下には砕け残った氷、その一つの中に何かがある。
麗が触れようとすると氷は昇華していった。出てきたものを拾い上げると金製のきらきら輝く真新しい鍵だった。鍵の頭部分には美しい薔薇が象られていた。

「グルちゃんの目と一緒だね!」

伝承付与を解き、元の姿に戻ったゴルグルを腕に止まらせ、嬉しそうな声を上げる麗。金の鍵を眺め、ふとプラチナブロンドの生徒会長を思い出す。最近の噂に翻弄される女子校をまとめようとする橘紅羽の疲れた表情を麗は何度も見ていた。

「くれは先輩を悲しませるウワサなんか、信じてやるもんか!うららちゃんは先輩の味方だもん!フィアナはいいとこだしね!」

金薔薇の鍵をぐっと握り込む。
噂に惑わされてはいけない。自分の目で見たものを、確かめたものを信じる。
それは今までもこれからも変わらない。

目の前が霞んでいき、いつものように睡魔がやってきた。

「うーん、眠くなってきちゃった……。そろそろ戻るね。またね、グルちゃん」

腕から飛び立ち、ゴルグルが高く鳴く。聞きながら意識がふわふわとして、麗は眠るように時計塔から離脱した。


14/07/05
*Thanks*
橘 紅羽さん(企画公式さま/名前のみ)
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