狩人から冒険者へ。


カノトの一日



彼女の朝は日の出とともに始まる、とは言えない。
寝落ちして、意識が覚醒したときに起きる。ほとんどがこの繰り返し。

「……あれ、ここ廊下?」

今日は部屋にたどり着く前に力尽きていたらしい。物が少ない簡素な部屋に戻って装備を解き身軽で一階へ。

猫団の朝はその名前の通りのんびりとしている。今日はまだ誰も、というわけでもなかったが。

「おはようございます」

キッチンに立つ人影に声をかけて。
昨日の汗を流しにシャワールームへ行けば先客がいた。こちらでも挨拶をするとひらと振る手が見えた。
重なる水音にふと、初めてこの地で目にした滝と清らかな空気を思い出す。

鬱蒼とした森林、なだらかな丘隆、燃え盛る火山、古びた神殿。ここは『あの地』とは違うのにどこか似ていて。
戦慄を覚えるがそれすら嫌いではない。

コンコン、コンコン。
ノックで我に返り、水気を落としてシャワールームを出ると酒場に漂う香ばしさに食欲をそそられる。

「いただきます」

今日の朝ごはんは、焼きたてのパンに昨日仕留めたモンスターのスペアリブ、木の実と根菜のサラダにシンプルなスープ。すべて女性陣の手料理だ。

美味しいです、と素直に感想を述べると、皆一様に反応を返してくれる。一人のときには味わえなかった多幸感に自然と表情が緩む。
自分の食器はきちんと片付け自室に戻り。先の装備をまた纏い。調整をしながら階段を降りる。
行ってらっしゃい、気をつけて。その言葉を背に受け振り返る。

「行ってきます」

彼女、カノトの一日がここから始まる。

今日は特にこれといった予定はない。団員てしての仕事もないので、一日フリーということになる。

「夜まで何してようかな……」

街の賑わいに紛れながら、受注済みのクエストを確認する。
歩くたびに武装が鳴る。そういえば、そろそろ新調してもいい頃合いか。
団員も顔馴染みの冒険者も、一様に自分のスタイルに見合ったものを身につけている。しかし彼女は量産品に留まっている。

思い立ったら吉日、という言葉を聞いたことがある。有言実行とか、確か似ていたと思う。
つまりは、今日の予定が決まった。

「ついでに戦闘スキルも磨けるかな」

独り言を呟きながら雑貨屋でアイテムを揃え、ソフィアの街を出る。



──────────



物事に没頭すると時間はあっという間に過ぎていくもので。
気付けば日暮れ、ギルドに戻る頃には夜風が心地よかった。

「ただいま戻りました」

酒場では既に宴が始まっていた。
団長と年少者たちは料理の取り合い。カノトが持ち帰った大量のチキンサラダも吸い込まれていった。

その賑わいから少し離れた場所では酒盛りが行われていた。そう値の張るものは揃っていないが、一日の疲れをアルコールで忘れるには十分な量が並んでいた。
並々と注がれたグラスを受け取り、渇いた喉を潤す。自然と頬が緩むのが分かった。

それからは時間を忘れ語らい合い、明かりが落とされたのはいつだったか。
今晩は早めに休むよう言われた笑顔の圧力に負け、シャワーを浴びて部屋着になり。自室に戻る前に食堂に顔を出す。

「おやすみなさい」

彼女の言葉にその場の面々は点で反応する。

今日がゆっくりと終わる。


17/06/10
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