とあるアイセ。


日々是鍛錬



青い海、白い雲。
夏真っ只中の波打ち際で一人の男が精神統一。

朝早いために他に人影はそれほどない。あったとしても男の風貌に身の危険を感じるのか、遠目から様子を窺うのみ。

肺に空気を溜めて、ゆっくりと体外へ。また溜めて、また外へ。
薄く開いた瞼から覗く金色が朝日を受け波を反射しきらりと光る。

ゆっくりと、ゆったりと、余裕のあるしなやかな動き。
四肢の先まで神経を集中させ滑らかに流れるように。

「ふぅ……っ!」

息を詰めて、一歩踏み出す。下は砂地であるのにぐらっと揺らいだのは気のせいか。

突きは空を裂き、蹴りは地を割る。くるりくらりと回り予測の出来ない次の手は相手を翻弄する。

「(そんな風に出来れば、な……)うわぁ!?!」

邪念。
一瞬の気の緩みで足を取られた。巨体は傾き、支えきれずに砂埃を上げて倒れ込む。

「あー……」

ごろりと仰向けになったアイセは砂にまみれて嘆息一つ。
ヴィキ・ディキを離れてもう随分になる。これまではのんびり悠々自適でもよかった。
それが自惚れだとようやく気付いてまた鍛錬を始めたが。

「これじゃ師匠に叱られるのがオチか……」

世界は広い、とてつもなく広かった。
本物の海賊はいるし、悪どい商売人もごろごろ。危うくバイヤーに捕まる、なんてこともあった。

「多分、悪い人ばっかじゃないんだろうけど……」

どうにも引きが悪いらしい。

「くぅぉらあぁぁあ!アイセ!!まぁたサボっとるんか!!」
「ひぃぃぃいいい!?!」

頭上に響き渡った怒号に情けもなく起き上がる。
辺りを恐る恐る見渡す。思い浮かんだ人物は、いなかった。

「えっえっ??何今の幻聴??あれもしかして自分暑さにやられた?」

困惑からいつもより饒舌になってしまう。

行方知れずの彼の師匠。おはようからおやすみまで筋トレ漬けだった師匠。
今日のアイセがあるのは良くも悪くもその人ありき、なのだが。どうにもトラウマ級の畏怖を今でも感じるらしい。

「……頭、冷やしてこよう」

立ち上がりおもむろに服を脱ぎ捨てていく。

筋骨隆々、その言葉通りの肉体を陽の下に晒していく。一糸纏わぬ姿となり、薄っぺらな布にすべてくるんで首に巻く。
足は迷うことなく海へ。ずんずん進んで目を閉じて潜っていく。

次に上がってきたときにはすっかりイリエワニの姿となり。今日も日課を終えて大好きな日向ぼっこの場所を探しに行く。


17/08/05
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