サムライ・ハート
緊急指令
要塞都市ヴァルハラ。
大通りを抜けた閑静な場所にCottonという喫茶店がある。今はちょうどランチ時、店主のエダ・リドルは笑顔を絶やさず、あちらこちらと動き回る。
「何かお手伝いしましょうか?」
「あら、とても嬉しい申し出ね?でもね、せっかく淹れたそれを冷ますつもりなのかしら?」
立ち上がりかけたジエンは指差されたカフェラテに目をやる。でも、と顔を上げるが、今の君はお客さまだから、と一蹴される。
「今日は可愛いお嬢さんとデート?」
「いえ、そういうわけでは……」
眉を下げるジエンの隣には、エダお手製のパフェを心待ちにしていたイナリが陣取る。一心不乱に食べる彼女は二人の会話を耳にもしない。
イナリの首元にナプキンを当て、カウンターを離れるエダを目で追いながらジエンは思わず嘆息を漏らす。
「ため息つくと、しあわせが逃げるんだぞ?」
「それは迷信にありましょう?……おや」
ジエンの携帯が小刻みに震える。届いたメールを確認する表情は堅く、横から覗き見たイナリは暗号だらけの文面に顔をしかめる。
唯一読めたのは馴染みある文字で記されていた一文字のみ。
「『マザー』って?これ、何なんだぞ?」
「イナリさん、しばらくこちらから出ないように。何かあればエダさんを頼ってください」
簡潔に告げ、二人分の代金を預け。制止と追及をするイナリの声には耳を傾けず、給仕を努めるエダの背中に一礼。ジエンは静かに外へ向かう。
街には黒百合姫厳戒警報が鳴り響く。政府軍は一般人に避難を呼び掛け、姫百合を統率する。遠くでは爆音や悲鳴がすでに起こっている。
ジエンはもう一度、メールを確認する。
「謎の黒百合姫。特徴から名付けられた呼称は『マザー』。侵入経路、個体数ともに不明……緊急時には暗号化せずに送るよう伝えてあるのですがね?」
遊び心なのか、単に暇なのか。
送り主には届かないと知りつつ、知らず愚痴がこぼれる。
息を深く吸い、短く吐き出し、気持ちを切り替える。
ざわり、ざわり。空気が淀み、歪みを感じる。
軍の引率により、一般人は早々に避難を完了しつつある。ここからは『彼女』たちとの語らいの時間。
「ここは貴方のような存在が生存を許される場にございません」
くすくす。くすくす。
「黒百合姫を狩るのが姫百合の使命。ならば、素直に従いましょう」
現れたマザーと子どもたちの群れに、ジエンを始め、政府軍や無所属の姫百合が己という武器を構える。
「
最後に残るのは白か、黒か。戦いの火蓋が今、切られた。
16/09/20
*Thanks*
エダ・リドルさん
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