サムライ・ハート
数奇な運命、絡み合う
諸行無常、という言葉がある。
仏教の根幹である三法印が一つ。この世のすべてのものは絶えず変化を続け、不変のものはない、という教え。
これに通ずるものは数多く、だからこそ、気高き百合は己を武器として世界の脅威に立ち向かうのだろう。
新都市・ヴァルハラ。
ここには『姫百合』と呼ばれる女性たちが身を寄せる。三十年前に突如出現した謎の女性型生物兵器『黒百合姫』とともに蔓延した『Aウイルス』により、人口が激減した。そんな世界に現れたウイルスに打ち勝ち力を手にした彼女たちは、いわば救世主なのだ。決して隔離されているわけではない。
姫百合が一人、キザハシ・ジエンはスラム街を訪れていた。近頃、黒百合姫による襲撃情報をよく耳にするようになり、政府軍から離れた身ではあるが、気になるところは自分の目と足で確認するようにしている。
「やはり、これはジエンの性なのでしょうか?」
周囲に気を巡らせ、ぽつり呟く彼女は諦観しながらも、どことなく懐かしげで。スラムの住民を邪魔することなく奥へと進む。
ふと、歩を止める。ちりっとした空気。次いで、びりっとした緊張感。そして。
「っ、間に合っておくれ……!」
甲高く、切羽詰まった少女の声。
ふうっと息を吐き、ジエンは駆け出した。能力を発現させ、自身の身体能力を底上げし、障壁を軽々乗り越え現場に急行する。
政府からの指令は、まだない。
──────────
走って、走って、まだ走って。ちらと振り返って、ぞっとして。
伸びてくる魔の手から間一髪、身を翻して避ける。
「何だって、こんなときに出くわすんだぞ……!」
苦々しく言葉を吐き捨てる少女は、自慢の銀髪が乱れるのもお構い無しにひた走る。
いつもなら、あの曲がり角を間違えたりしないのに。いつもなら、こんなところに来たりしないのに。
そう後悔しても後の祭り。
「あ、っ……!」
焦るときこそ、上手くいかないもので。
地を滑り、立ち上がるには時間がなくて。
迫りくる黒で眼の前がいっぱいになる。
政府からの助けは、まだない。
そのとき。
「頭をお下げなさい!」
少女を飛び越えた影は、黒百合姫に斬撃を与え。隙を生み出し引き返すと、少女を抱えて活路を見出だす。
「だっ、誰なんだぞ!?」
「お静かに。舌を噛んでしまいます」
どちらもそれ以上の言葉は続けず、黒に視線を向ける。
「……テンタクルス」
Ⅱ型の黒百合姫。黒いドレスに映える白く不気味な触手はうねり、二人を捕らえようと距離を詰める。
「ここはジエンにお任せを。貴方はお逃げなさい。ここから真っ直ぐ進めば市街地はすぐですから」
「なっ、そんなわけにはいかないんだぞ!」
ジエンは迎撃の構えを取り、少女を背中に隠す。が、服の裾を掴み引っ張り、少女は沸き上がる怒りを隠そうとしない。
「あたいだって、姫百合なんだぞ!黒百合姫をやっつける力があるんだぞっ!」
周りに浮かぶ火の玉に反し、少々震える声と手に、虚勢を張っていると見て取れる。
「これは……申し訳ありません、ジエンの非礼をお許しください」
片膝をつき頭を垂れ、和やかに詫びを入れると少女は口ごもる。ジエンは顔を上げて微笑み。
「貴方の姫巫女としての加護、このジエンにもお授けくださいませ」
柔らかな唇にそっと口付けを交わす。
途端に満たされる高揚感にしばし目を伏せ。再び光を写したとき、ジエンの刀は赤い熱気を帯びていた。
「少々お下がりください。巻き込むわけにはいきませんので」
番傘を預け、再び黒百合姫に相対する。触手が明白な拒絶反応を見せた。
「貴方とジエンは相容れない存在にあります。容赦は致しません」
凛として一礼をする。
体勢は低く、重心をずらし。瞬間、黒の眼前へ。
「そして、反撃の余地も与えません」
紫電一閃。
触手を奪われ、百合は散り、断末魔も許されず。切り裂かれた身体は地に沈んだ。
ぐわり。開いた口から絶命の際に撒き散らされた毒液が。顔をしかめ、浴びてしまった腕を擦り。毒が回らないうちに少女の元へ。
番傘を握りしめたまま、一向に動こうとしない少女に視線を合わせる。政府軍の統率された足音が聞こえてくる。
「直に、政府の者が姿を現すでしょう。その者たちと市街地へお戻りください。ジエンはこれにて失礼……」
伸ばされた手が、ジエンの腕を掴む。毒に触れてはいけない、と引こうとするも、力が強まり。
首を傾げれば、少女は視線を外しぶつぶつと。影になった表情は窺えない。
「いかがなさいました?もしや、どこか怪我でも?」
「おまえ……その、かっこよすぎるんだぞ……」
「……はい?」
少女、キヅネ・イナリは顔を赤らめて呟く。これにはジエンも言葉が返せなかった。
人はこれを、一目惚れと呼び、二人の時間が絡み合った瞬間だった。
16/08/31
*Thanks*
テンタクルスさん
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