猫又は今日も廃墟を闊歩する。
陽炎〔一〕
東都が、崩れていく。大火に覆われ生きとし生けるものすべてが飲み込まれる。涙に暮れる猫又も例外なく飲まれていく。
真っ赤な世界でいつも最期に目にするものは、綺麗な金が炎に包まれる、心にずしりとのし掛かる惨状だった。
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じりじりと痛すぎる太陽光がアスファルトに反射する。照り返しが瞼と肌を刺す。
いつの間に眠っていたのだろうか、木陰にはいるが汗が止めどなく流れる。
またたびは汗で貼り付くポンチョを脱ぐために身体を起こす。倦怠感などは感じないので熱中症ではないようだ。
寝起きでぼんやりとする意識の中、親しみある妖気がこちらに近づいてきた。
「どうしたの、ねこ?」
番傘を回す声の主は。褐色金髪の白澤の彼は。
「あんた……どうして……?」
「やだな、まだ寝惚けてるの?」
忘れるはずがない、こんな白昼夢のようなことが果たして起こり得るのだろうか?
「
これまで悔恨に苛まれた意識が和らいだ気がした。
またたびが華獅と呼んだ白澤は彼女の記憶の彼と合致する。怪異の傷に蝕まれ自ら命を投げ出すよりずっと前、自分たちがこの廃都市を我が物顔で歩いた全盛期のそれだった。
「ちゃんと死んだはずだろ?またおかしなことでも起きてるのかい?」
「ねこがそう思うならそれでいいけど。でも今目の前に起きてることは事実なんじゃない?」
意識が覚醒してから何度も頬をつねってみた。痛みはしっかりと感じ、赤くなってしまった頬を見た華獅は笑って触ってきた。そのときの指先の温かさは本物だった。
久方ぶりの逢瀬に会話は弾んだ、と言ってもまたたびが一方的に話すばかりだが。華獅は一つひとつに相槌を打ち、時に笑い、時にどぎつい冗談を交えてきた。
あっという間に過ぎる時間、ふと声を漏らした華獅が立ち上がる。
「そろそろ、来るかも」
「来る?何が……」
またたびの言葉を遮った東都の異変。それは何の前触れもなく豊かな時間を喰らっていった。辺り一面が焼け野原と化し、肺を焼く熱気に思わず口と鼻を塞いだ。
「なっ、何だっていうのさ!!」
「ここも危ないね、移動しようか」
困惑するまたたびの腕を引き、華獅は迫り来る炎から逃げ出した。独りにしないように、はぐれないように。力強く導くその力に安堵と焦燥が入り乱れる。
「もうだめだ、火の手が早い!あんただけでも逃げな、あたしゃ足手まといだけは嫌だよ!」
「ねこでも弱気になるんだね。大丈夫、僕はいいから」
足を止めた華獅の一言に応える暇もなく。突き飛ばされた彼女のまだ機能する耳に飛び込んだ轟音と肌にびりびりと感じた地響き、来た道を分断した瓦礫に思わず叫んでいた。
「華獅!!そんな、早くこっちに……」
「先に行って、ちゃんと追い付くから」
「っ、嘘つくんじゃないよ!あのときだって、置いてったくせに!!」
またたびの言葉に華獅は首を傾けてからから笑う、ただ笑う。それがまた彼女の精神を逆撫でする。
何が何でも連れていく、過去の二の舞はごめんだ。
瓦礫に阻まれた彼を救うべく、またたびは身軽な猫又へと変貌する。熱風を避けながら隙間を抜けて、あと少しで、もう少しで手が届く。
華獅、そう呼びたかったのに。
一緒に行くよ、そう投げ掛けたかったのに。
運命とは非情に無情、最期に見えた真紅と金糸はいとも簡単にひしゃげてしまった。またたびの意識もそこで潰えた。
真っ赤な世界が真っ黒になった。
18/07/30
*Thanks*
華獅さん