記憶と記録の影法師。
心と身体と
影にも還れず、血溜まりの中で朦朧と世界を見ていたあの日。愛しい人が連れてきた少女に、彼女の言葉に本能が反応した。
そこからはいわゆる運命共同体。
彼女は自分の影から外れると沈んでしまうらしい。だからおれの影で世界に繋ぎ、こちらは動く術を失ったために一時的に彼女の影に住まわせてもらい。
そんな生活がお互いにしばらく続いた。
三日月と満月、影と記憶。
どこか似通ったおれと彼女の共通点、そして深い繋がりに気付いたのは本当についさっきだった。
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森の中、住民と見分けがつかない怪異と接触した満月。おれも警戒はしていたが、反応が遅れてしまった。
腹を裂かれた彼女は重い足取りでどうにか逃げ出すも、手負いの身体には負荷が大きかった。
『満月、満月。おれの声聞こえる?』
少々手荒だが、意識に入り込んで言葉を投げかける。血を失い、酸素が行き渡らない緩慢な理解力では拾うことは出来なかったらしい。
「ここでおしまい、かな」
膝をついたと思ったら、発された声は異様に近かった。
瞬く間におれの影に滑り落ちる満月の身体。流れ出る血が影と混ざり、ぞわり、ぞわりと身震いするほどの感覚に背筋が凍る。
彼女を飲み込んでしまわないように、一人の命を取り込んでしまわないように。影法師としての本能と戦いながら、満月に手を伸ばす。
触れた瞬間、影が大いに騒ぎ出す。どちらのものなのか判別がつかないほどに混ざり合いながら。
『自分を、見失わないで……!』
自分にも、腕の中の少女にも、強く叱咤して。落ち着くのをじっと待った。
ようやく目を開けられたとき、互いの変化には思わずため息が出てしまった。自分自身と少女との繋がり、それをまざまざと見せつけられて。
久々の外。梅雨特有の蒸し暑さと長雨に濡れた東都。おれはまた、影人の姿を取り戻して自分の足で影を出る。
自分の赤黒い影は今、腕の中で浅く呼吸を繰り返す満月をくるんでいる。彼女の蒼白な顔から一刻を争うのは明らかだった。
「ごめんね。きっと……おれが呼んじゃったんだね」
影から見ていた清夜の黒は今では怪しげな赤を含んでしまっていた。この影と同じ色に染まってしまった。
あの日、東都を赤く染めた花弁と空から突き出た千手観音に襲われたあのとき。死を覚悟したのにどこかでまだ生きたいと願った、だから。
血の繋がりはない、しかしある意味ではそれ以上の縁。
「肉体だけでの転生なんて、信じられないけど……あり得るんだね……」
ぼんやりとつぶやきながら、雨を避けるように鈍った足を動かした。自分を図らずも救った小豆色の少女を助けるために。
18/06/16