三月の満月は三日月にならず。


6月9日



痛い、痛い、痛い。
東都で油断は命取り、三日月が渡してくれた情報でちゃんと知ってたのに。

森で出会った真っ黒な男、真神まかみの声を聞いて怪異だと分かった。そばには小さな和服の女の子らしい怪異、寿々すずもいた。
敵意は感じられず、傷つけられるとは思わなくてすぐには逃げなかった。

どこか夢の世界、何となく大丈夫、などと他人事として捉えていた。危機感はこれっぽっちもなかった。

初めは引き裂かれたお腹だけ。そこから全身に広がった熱さと寒さ。

三日月が影を操って時間を稼いでくれたが、どこまで逃げられるか。
まだ感覚があるのが不思議なくらい、歩いているけど本当にちゃんと歩けているのか。

「これ、どうしたら、いいのよ……」

満月が発した声に傷口は呼応する。ずきずきと熱と血を奪っていく。命が削られる感覚は『あの日』と同じ、どうにも忘れられない。

「久しぶりに、怖いな……」

傷を撫でると、どろっとした温かさに指が濡れる。見なくても鉄臭さに鼻がくすぐられる。冷や汗が止まらない、ふらふらと足から力も抜けていく。

「ここでおしまい、かな」

座り込んだ満月はぽつり、影に言葉を落とす。三日月がいるはずの自分の影、今は何の反応もない。

ずぶり、ずぶりと身体が沈む感覚。
影に、飲まれる。思うが早いか、満月は真っ黒な空間に落ちていった。

ごめんね、は届かなかった。
静かに、しとしとと、東都は梅雨に濡れる。


18/06/14
*Thanks*
真神さん
寿々さん
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