猫又は今日も廃墟を闊歩する。


廃都の影に月がとける



先日の大雪も、強い日差しによりすっかり溶けてなくなり。鋪装が剥がれた地面を見ながらまたたびは歩く。

「影の怪異か。あのとき現れたやつもそうだったと。華獅の坊っちゃんそっくりなのはどうもいけ好かないね。にしても影、か……。いい思い出がないね」
「それってもしかーして、おれを思い出して言ってるのかーな?」

背後から聞こえた声に悪寒が走る。
ばっと振り返り、自身の影を見る。大きく弓なりの切れ目。またたびは舌打ちして跳躍し、自身と影を切り離す。
とん、と廃墟の窓枠に着地。残された猫又の影は、うようよと気味の悪い動きを見せる。

「出てきな、影法師。このまたたびの影に潜むなんざ悪趣味通り越して吐き気がする」
「やーだな、そこまで毛嫌いしなくていいじゃんなーい?おれは姉御が大好きなーのに」

けらけらと耳障りな笑い声。むくりと沸き上がる黒にまたたびの眉間に皺が寄る。

「そんな顔しないでーよ、せっかくの美人が台無しだーよ?ね?」
「笑止」
「つれなーいね」

人間の上半身を象った影が三日月のような口をぱくぱく動かして喋る。

「不愉快極まりないね。最近とんと見かけなかったから息絶えたものだと思ってたのに」
「ははっ、それこそ笑止千万。おれのこと忘れられなくて困っちゃうでーしょ?……あーあ、いい気味」

急に声のトーンが落とされ空気が淀む。影はすすっと滑るように距離を詰め言葉を吐く。

「華獅の兄貴とは上手くやってるみたいだね?あっ、今はニーナの兄貴か。あれのどこがいいんだか」
「あんたには分かるまいね」
「分からないさ。目をつけたのはこっちが先なのに横取りされた気分」
「はっ、誰があんたなんか」
「はいはい。それ、聞き飽きた」

人間の両腕らしきものが現れ、すうっと伸びる。

「っ、近づくんじゃないよ!」

瓦礫を掴み投げつける、が当たらずすり抜け地面を叩く。

「馬鹿だな姉御。おれに攻撃が当たらないのは百も承知でしょ?そんな頭の悪いことしないでーよね」

せせら笑う影法師が口角を上げて呪詛を紡ぐ。

「痣は消えない。一種の呪い。またたびの姉御が恐怖し、刻んでしまったおれとの記憶。嬉しいよね、その柔肌に一生ものの傷を残せたんだから」

ぎり、と歯ぎしり。またたびは返す言葉もない。

「精々楽しく生きてよーね。おれはここからずーっと見てるかーら」

のそりと動き、廃墟の影と同化。
影法師、三日月の気配は消えた。

「くっそ、嫌なことを思い出させる……!」

片膝を立て背を丸め、額を押しつける猫又の表情は苦しげだった。
裾がずり上がり、覗いた腰には人の手のような痣がいくつも見えた。


15/02/01
*Thanks*
ニーナさん(名前のみ)
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