酒は百薬の長。
最期とは何ともあっけなく
だいぶ離れたはずなのに、酸素を巻き込み、火柱を太く高くさせる赤に心臓が悪い鼓動を引き起こす。
呼吸法を忘れてしまったのか、時たま喉が鳴る。
大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせながら振り返る。いつもは細められ見えない瞳が見え隠れする。
『お前の記憶に残るくらい』
『きれいな赤で燃やしておくよ』
そう言った友、
これからの旅路を案じた表情。あれは今までのどの感情よりも美しく儚げで。それでいて惹かれるものがあった。
「何とも、気障なことをする」
あちらも、こちらも。
互いに素直ではないことは重々分かっていた。だからこそ、触れるか触れまいかの距離感、それが何より心地よかった。
こちらが提示した、最初で最後のわがまま。何の迷いもなくやり遂げるのは彼の気まぐれか、それとも優しさか。
「私も、僕も、貴方のことは嫌いではなかった」
面と向かって言わないのは傷を残さないため。
貴方は、とても綺麗だから。貴方が傷つく理由は、どこにもないから。
「しかして、最後の戯れは余計だったか……」
自分が生きた証を残そうと、いや残してしまった。ここまで執着するとは想定外。
ようやく気分が落ち着いて。瞳を閉じて一礼する。
これでおしまい、本当の別れ。
背中に触れた温もりを未だに覚えている。柄にもなく感傷に浸る。
それが、今生の命取り。
重くのし掛かる衝撃。熱へと感覚が書き換えられた背中から迸る体液。
狩られた。認識したとき、すでに地に膝が着いていた。
喉が、身体が、焼ける感覚に目眩がする。相手は怪異か、住民か。確かめる術も、力もなかった。
また、衝撃。
何とか耐えて、後ろ手にメスやハサミを投げつける。手持ちはこれだけ、しかし異能を発動させるには十分だった。
「【
飛沫した互いの血を混ぜ合わせ、痛みを引き受ける透明な人形を作り出す。
身体が軽くなった瞬間、もぐりは駆け出した。今来た道を真っ直ぐに。
迷いはなかった。目指すのは豪々と音を立てる赤の中。外観は崩れ始め骨組みが露となっていた。
痛みが消える今のうち。体当たりをするように飛び込んだ。いの一番に黒の羽織りは灰となり。もぐりのすべてを包み込む。
「あつ、い……」
熱気が身を焦がす。煙が喉と肺を焼く。
汗は流れる前に蒸発し、ずくり、ずくりと痛みが戻る。人形が赤黒く染まる。
「そろそろ、終い……」
晒された肌は燻り、小さな火傷たちを上書きする。
ゆるり、手を伸ばす。ひび割れた人形の役目を終わらすために。
割れた人形から指に絡まる赤い液体。舐めても味は分からないほどに命を削られていた。
ゆらり、身体が振れた。
「謝謝」
それは声に、音にならず。
「再見」
唇の動きにしかならず。
倒れるもぐりを苛烈な炎が抱き締めた。
東都の一角、跡形もなく燃え尽きた酒豪屋には微かな酒と煙の匂いだけが残った。
17/08/12
*Thanks*
黒金さん