愛・舞・味。


灰燼に帰す



お気に入りのランタンを片手に、グレーテルは暗い地下道を歩く。
地上では『清掃員』が目を光らせ、彼らとともに現れた『清掃車』が走り回り、東都が荒らされている。と住民の誰かが言っていた。

「またたびがいない。みかげも、あわむぎとごまもちもいない。まだ、上にいる?」

真っ暗な天井を見上げて首を傾げる。ぽたり、ぽたりと水滴が落ちてくる。
ランタンの中に洋服の切れ端で灯心を拵え、【操火葬炎】を加減をして火を灯す。掲げてもう一度見やれば所々から雨漏りがあり、眼下には水溜まりもちらほらと見受けられる。

「東都は雨?」

辺りを見渡し見つけた地上へと続く階段。とんとんと上っていく。
次第に大きくなる雨と風の音。外に出れば、きゅっと足を踏ん張っていないと吹き飛ばされそうになる。
空は分厚い黒い雲に覆われ、暴風雨により視界が悪い。ふと、自然界には存在しない音が鼓膜を振るわせる。反射的にその場から逃れると、背後にあった地下への出入り口が粉々に破壊された。
前方から地を揺るがし迫る赤を捉えたときには【操火葬炎】を発動させていた。

「知ってる、これは『清掃車』。『清掃員』が連れてきた。東都を荒らすためにやってきた」

豪雨の中を走り、清掃車へと近づく。急停止して方向転換をする清掃車。狙いをこちらに定めてまた動き出す。両手を広げて迎え撃つ。触れてしまえばあとは燃えて塵となる。そのはずだった。
超音波による衝撃波。簡単に吹っ飛ばされ建物の外壁に叩きつけられる。痛みはない。しかし身体のあちこちが砕けるのを感じた。
不器用に起き上がり、空になった手を見て小首を傾げる。からんと音を立てて地に落ちるランタン。じゅっ、灯心の火が消える微かな音と、清掃車によりぐしゃりと潰される音が重なる。

「わたしの、ランタン……」

ゆらり。立ち上がったグレーテルの瞳には今まで見られなかった感情が沸々と溢れてくる。

「許さない。わたしのお気に入り壊した」

無表情でありながらも怒りでぎらつく瞳。エメラルドグリーンが一際輝き、身体が軋むのも気にせず走り出す。
とんとんと清掃車に駆け上がり、手のひらを滑らせていく。瞬く間に火の手が上がり、真っ赤な清掃車をより一層赤く染める。

「許さない、許さない」

轟々と激しい風雨の中、それにも負けずに勢いを増す火の手はまるで少女の心を表しているよう。

「燃える、燃える。全部燃える。ランタン壊したから燃える」

じっと眺めていた。塵すら残らず、跡形もなく燃え尽きる、ただそのときを待っていた。
突然、強い強い風が辺りに吹き荒れる。目の前には風で飛ばされた燃えかけの大きな残骸。判断が遅れ、ぶち当たり、下敷きにされる。
燃え移る炎、焼かれる匂い。一人では到底、動かせない。

「……だめ」

能力を解除すれば自分は助かる、しかしランタンを壊した罰が途切れる。

「許さない、だからだめ。それに……」

少女は自らの身体を抱きしめ、初めて微笑んだ。

「この身体はお兄ちゃんのもの。あなたにはあげない」

燃え広がる炎を受けてなお、グレーテルは笑う。

「わたしのすべてはお兄ちゃんのもの。誰にも、何にも、絶対に渡さない」

6月の雨の冷たさ、自身の炎の熱さ。感覚を排除された死人の身体はそのどれもを感じ取ることなく、塵すら残さず東都から消えた。


15/07/12
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