猫又は今日も廃墟を闊歩する。
紅い悪女にご用心
東都に、冬が来た。
廃屋などすっぽり隠れる雪の壁、壁、壁。乗る塀もかろうじて頭が見えるだけだった。
またたびは素足同士を擦り合わせ、手に息をかけ、獣人特有の耳と鼻で辺りを警戒する。
実りの秋に比べると、お粗末な食料を巡って無駄に体力を使うこの時期だ。消耗戦は避けなければ。
はらはらと、雪が降ってきた。
身体に当たって溶けて水になる。
ぴちゃん、と水滴が落ちる。
どこで、塀の下には何もいない。
ぴちゃん、とまた落ちた。
どこで、あの曲がり角らしい。
目を凝らした。眉を潜めた。
白が、赤へ、じわりじわりと変わる瞬間を、しかと捉えた。
「嫌だね、物騒な……」
つん、と鼻につく鉄臭さ。
コツコツ、と響く尖ったものが地面を叩く音。
全身が総毛立つ。
まだ、相手は見えない。相手からも、見えない。
逃げるか、いや、どうする。
我慢して踏みとどまった、それが間違いだった。
角から見えた、紅い帽子、黒い髪、紅い洋服に、大きな斧。
それはまるで、金を奪った、あの紅い、紅い、紅い紅い紅い紅い……。
弾かれたように奇襲を仕掛けていた。斧で防がれた、が、自重に重力が合わさり押し切れるはずだった。
『私たちの妹、』
後方から聞こえた声に飛び退る。
『見なかったかしら?』
前方から聞こえる声に注視する。
「はっ、あんたらに答える義理などないね」
昔々の、奥底にしまい込んだ忘れられない記憶が鮮烈に浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
あの日、金の白澤を死に至らしめた諸悪の根源。
今さらどうする?倒してどうなる?なんて、自分を止める者は生憎そばにいなかった。
「この命、燃やして損にならなきゃいいね」
吐いた言葉が口火となった。東都に積もった粉雪が、また宙を舞う。
──────────
かっとなった頭が刺すような冷気で落ち着き、フルに回転し、冷静さを少しばかり取り戻す。
馬鹿をやらかしたのは明白だ。普段なら二対一なんて無謀なことはしないのに。
しかも、あの怪奇。あの、呪いを纏った紅女だ。
逃げるか、いや、撤退はない。
仕掛けたのはこちらだ。どちらかが倒れるまでは。
斧の猛攻を避け続けるも、未だ連携を取らずばらばらに攻めてくるから可能なだけ。
この均衡もいつかは崩れて、なんて弱気になるのはごめんであり。
「やぁ」
神経が研ぎ澄まされると、聴覚まで鋭くなるらしい。
意識がずれて隙が生まれる。斧から目が離れる。
「奇遇だね」
がきん、と金属同士がぶつかる音がすぐそこでして。
「僕にもやらせてよ」
一人でなんてずるいじゃないか。と小さな白澤、ニーナが笑っていた。
いつも彼と一緒にいる
「あんたが出る幕なんてないよ」
「それはねこもじゃない?だって苦戦してるんでしょ」
「言うじゃないか」
「こんなときまで喧嘩すんな!」
ようやくはっきり聞こえた三雲の声に意識を切り替える。
「弔い合戦には、ちと賑やかすぎるかね」
「僕生きてるよ?」
「地獄耳か」
「ねこよりは聞こえるね」
背中を合わせて紅と向き合う。
少しくらい、無様なほうがちょうどいい。自分らしくて、ちょうどいい。
またたびは笑って、また地を蹴った。
21/11/13
*Thanks*
ニーナさん
三雲さん