愛・舞・味。


独りが絶ち、独りが立ち。



「すごい雪だね、こんなに積もるとは思わなかった」

雪が降りしきる一面の銀世界。ヘンゼルは妹のグレーテルと一緒に東居住区にいた。
グレーテルは雪を掴みもぐもぐと口に押し込む。本来、食べなくてもいい身体なのだが、ヘンゼルの能力が所以で魂への栄養補給のためにお腹は空く。最近はやたらと食事行動が目立つようになってきた。

「グレーテル、寒くない?大丈夫?」「大丈夫、大丈夫」
「そうだよね、大丈夫だよね。……だって死んでるんだもん」

最後は消え入るように。グレーテルが小首を傾げるのを見てぎゅっと抱きしめる。肌の冷たさが際立った。

「今日は何して遊ぼうか。雪だるまや雪うさぎ……よりも、もっと面白いのを見つけちゃった」

抱き合う二人の視線の先。二つの影が一つになって。現れたのは噂の怪異。

「こんばんは、怪異さん。待ってたんだよ、一週間ずっと。やっとあなたと遊べるんだ」

軽く挨拶をすれば、怪異は鋭利な刃を二本構える。相当にやる気のようだ。
「グレーテル、」と妹に呼びかけ、頬にキス。離れて視線を絡ませる。

「いってらっしゃい」「いってきます」

にこやかな笑顔と攻撃合図が交わされる。
たたっと走り出したグレーテル。怪異に近づき触れようとする。しかし相手のスピードは遥かに上。簡単に避けられ蹴り上げられる。

「鬼ごっこには向かない相手かもしれないね」

雪玉をいくつか作って【逸朽入魂いっきゅうにゅうこん】を発動させたヘンゼルはそれを操り怪異を攻撃。正確無比な白い目眩ましを食らった怪異が一瞬だけ崩れた。

「今だよグレーテル」

体勢を立て直したグレーテルは弾丸のように一直線に怪異へ向かう。
とん、と肩に触れ。離れるとたちまち炎に包まれた。【操火葬炎そうかそうえん】により彼女が生み出した赤は怪異を飲み込み燃え盛る。

「意外とあっけないものだね。つまらない……ん?」

どん、と腹部に衝撃があった。視線を下ろしてみると自身の鳩尾には怪異の武器。投げられ、どうやら貫通したらしい。

「まだ……やれるんだ……」

こぷ、血を吐き刃に触れる。ゆっくりと引き抜くと、どろりと血液が溢れた。

「生憎、あなたにくれてやる命は持ち合わせてないんだ。ぼくの魂はグレーテルのものだからね」

ひょいと放り、空中で停止した刃物は狙いを定めるように怪異に向けられ。察知した怪異はもう一本を振り上げヘンゼルを狩ろうと走る。

「よく見て、狩るべき相手はぼくだけじゃなよ」

グレーテルが横から割り込み。怪異の五体に触れて。炎は勢いを増して。

「チェックメイト」

すっと空を切るヘンゼルの手に合わせて、刃は怪異の首を刈り取る。ごろんと落ちた頭部から塵へと変わり、すべてが燃え尽きた。

「おいで、グレーテル」

両手を広げ、嬉々として飛び込む妹を迎える。妹の衝撃すら耐えられなくなっていたヘンゼルは、しっかりとグレーテルを抱きしめ暗い口を開けた外部に飲まれる。
飛ばされた先も白かった。さっきまでと違うのは、辺りを覆う甘い香り。

「ここまで、かな?」

未開拓、よりによって救いがない。しかしそれもまたよし。邪魔されることなくゆっくり出来る。

「おかえり、グレーテル」「ただいま」

能力を解除、妹は甘えるように擦りつく。

「グレーテル、怪我はない?蹴られたところは大丈夫?」「大丈夫、大丈夫」
「さすがだね。……ぼくはもうだめみたいだよ」

座り込み、腹部を触る。鉄臭い匂いと甘い香に酔いそうになる。

「グレーテル、よく聞いて。ぼくはここで命を終える。今度こそ一人にさせちゃうね。ぼくが死んだらお揃いなのに、一緒にはいられない。だからグレーテルの役に立ってあげる」

血塗れの手で妹の頬を優しく挟み、熱く熱く口づける。【逸朽入魂】の最後の仕事。

「今、ぼくの魂の大半を移した。理解出来なくてもいい。グレーテルは生きて。もう死んでるけど、生きて。困ったことがあったら、またたびさんを頼るんだよ。あの人は優しいから、きっと助けてくれる。この未開拓から出られたらの話かもしれないけどね?」

くすくす笑うヘンゼルをグレーテルはきつくきつく抱きしめた。

「死ぬって、案外怖くないんだね。あのときのグレーテルは違ったかもしれないけど。……ぼくはね、グレーテルと一緒にいられてしあわせだったよ」

ふと、急激な眠気に襲われる。そろそろ限界らしい。

「最後に、一つだけ。食事をする前は【いただきます】で、食べ終わったら【ごちそうさま】だからね。これは忘れないで。……今までありがとう。愛してるよ、グレーテル」

双子の片割れは愛する妹の腕の中で静かに眠りについた。



──────────



腕の中で動かなくなった存在を見つめて、グレーテルは『思考する』。『これ』に何を言われたか、じっくりと『思い出す』。抱いていたそれを地面に降ろし、両の手を合わせる。発した言葉は「いただきます」だった。迷いはなかった。

むしゃり、むしゃりとかぶりつく。肉を裂き、骨を砕き、血を飲み、己の空腹を満たす。野生動物さながらの本能的活動は目の前の『食料』がなくなるまで続いた。

「お兄ちゃん、美味しい」

今まで自発的な言葉を発することがなかった彼女が語るのは、あまりにも残酷な感想だった。
ごくり、嚥下を繰り返し。食べるものがなくなるとまた両の手を合わせて。「ごちそうさま」と教えられた言葉を口にする。
誰に教えられた?それは覚えていない。ただ忘れないように、と言われた言葉。「いただきます」と「ごちそうさま」はグレーテルの脳に刻まれた。

グレーテルは宛てもなく歩き出す。そういえばさっき『誰か』にもう一つ言われたことがあった。

「猫又、またたび、探さなきゃ」

目的を見つけた片割れは世話になったことがある猫又を探して未開拓をさ迷い歩く。


15/01/31
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