愛・舞・味。


独りで、歩く。



未開拓。深く甘美な霧に包まれた、東都随一の超危険地帯。迷い込んだら最後、狂い果てて枯れた土地をさ迷い歩くことになる。
呻きや叫び、断末魔が響く中、不釣り合いなほど純朴な少女が影獣を追いかけていた。ばっと飛びかかるが、影はするりと身体を抜けていく。

「また逃げた」

事務的に状況を述べた声は何の感情も見られない。エメラルドグリーンの瞳を大きく見開き、グレーテルは次の影獣を探す。
開けた場所まで来ると、地面から突き出した大量の細長い木の板を見つける。卒塔婆、死者の供養に立てられるそれには一人ずつ名前が書かれていた。
きょろきょろ。その一つの前で立ち止まる。
ヘンゼル、そう書かれた卒塔婆に惹かれた。両の手をぱちん、合わせて言葉を唱える。

「いただきます」

簡単に抜けたそれをばりばり。むしゃむしゃ。

「お兄ちゃんの、名前」

もぐもぐ。咀嚼しながらつぶやいた。
ごっくん。【無選飲食むせんいんしょく】に目覚めたのは兄を食したとき。
ばりばり。「いただきます」と「ごちそうさま」を教えてもらって発動した。
むしゃむしゃ。食べているときだけ巡る二人の記憶。今はいない自分の片割れ。

「死んだらいなくなる。お兄ちゃんもわたしも死んでる。でもわたしは生きてる。わたしとお兄ちゃんは違う?」

難しいことに首を傾げて。
最後の一口をぱっくり。ごくん。

「ごちそうさま」

きちんと手を合わせて言葉を唱え、グレーテルは食べかすを払い落とす。

「こっち。こっちが出口」

当てはない。本能的に動いているだけ。だからこそ何かを感じるようだ。
とことこ歩き、影獣と戯れて。霧を物ともせずに突き進む。
見えたのは灰色の廃墟。

「出口あった。未開拓ばいばい」

霧に手を振り、少女は歩く。甘い香りを漂わせて。


15/02/01
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