酒は百薬の長。


嫉妬とは何とも浅ましく



「もぐり」

影法師、三日月の問いかけに闇医者は答えない。足を止めることなく夜の廃墟を進む。

「そんなに怒ることないでしょ。あれはあの二人の関係性から生まれるものでしょ」

薬椰やくや黒金くろ、現世から繋がりがある者同士だ。師と仰ぎ、息子のように可愛がる、深い縁が彼らにはある。その仲に対してもぐりが抱いた感情はあまりにも幼稚に、しかし必死に見えた。
緩まないスピードに影法師が見かねて目の前に飛び出す。ようやく止まったが、思わず身震いをした。

「僕に構わないでいただきたい」

普段は閉ざされた薄墨の双眸には怒りが宿り、感情を露にしている。手には医療用メスが何本も握られ急所に宛がわれる。

「少々虫の居所が悪いのは百も承知のはず。何故に追いかけるのだろうか」
「それは、兄貴、が……」

行けと言ったから、などと発語は許されなかった。

「昔の、前世でのよしみがある貴方を今この場で手にかけるようなことはしたくない。お引き取り願おう」

闇医者は静かに有無を言わさぬ気迫をぶつける。影法師は思わず後退りしそうになる心の弱さを嘆息にて逃がす。

「分かった、分かったから。おれも追いかけっこには疲れたんだ」

真っ黒な両の手のひらを見せて降参の意を示す。程なくして凶器は闇医者の白衣へと吸い込まれていった。

「もぐり、言っておくけど……ばかなことはしないでよ?」
「当然。何のためにここに戻ったとお思いで?」

朝焼けに白み始める空を睨み、薄墨の人物、もぐりは言葉を発する。

「闇医者も酒豪屋も、もぐりに変わりない。しかし以前とは明らかに違う。それはすでに分かっていただけただろう」

それは影法師に、自分に、思いを寄せる相手に届くように。

「僕は、私は、今度こそ……」

口をつぐみ、深々と頭を垂れ、影法師に背を向けてまた歩き出した。

「本当に、素直じゃないよね……」

背中に投げた言葉は果たして届いただろうか。影法師はうんと伸びを一つ、この状況をどう言い訳するのか考えながら影に沈んだ。


18/08/18
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