言葉と涙は溢れるばかり。
言葉も、涙も、
それは、突然訪れた。
それは、いきなり現れた。
それが、唐突に終わらせた。
彼らは今、ここにはもういない。
宵闇に包まれた東都は昼間の喧騒はどこ吹く風。とても静かで、とても涼やかで。
お揃いのつなぎは今日も並んで廃墟群をするする抜けていく。
月に照らされ影が伸び、ぐんぐん伸び。伸びた影から、知らない『手』。
あの影法師のものではない。気配がまるで違うから。違和感を覚えて二人は駆ける。はずだった。
とぷんっ
「あ……っ」
「えっ……?」
これが互いに交わした、言葉にもならない短いものだった。
「あわ、むぎ!?」
ごまもちは慌てた。だってそうだ。自分の手を引いて走り出したあわむぎが突如、影に『落ちた』のだから。
「あわむぎ!!」
影の縁に近づき、覗いてみる。水面のように自身を映す不思議な影。
間違いない。
「怪、異……!」
ごまもちは震え恐れた。怪異に、ではなく、あわむぎの行く末を思って。
行動は今までにないくらい早かった。【
「あわむぎ、あわむぎ……!」
影の中はまるで海のようだった。幼いころに連れていってもらったあの広くて大きな海と一緒。
思わず上を見上げた。月の光が一筋、きらりと輝き導いてくれる。視線の先、影の海に浮かぶのは……。
「あっ、あ、あぁぁああ……!!」
地上であれば空気を振るわせて響いただろう叫喚。それはただの呼吸の一部として泡となり。
「あわむぎ、を……あわむぎを、返して……!」
音にはならず、しかし熱になり。あわむぎを食む怪異に届いた気がした。
我を忘れて体当たりを食らわせれば、当たる前に向こうから距離を取られた。
能力を解いて彼を抱き締める。走馬灯が駆け巡る。きらきらの笑顔はどこへやら、血の気が引いた顔は虚ろだった。
ごまもちは悲しみに暮れた。しかしそれもたった一瞬。彼を待つのは、ギザっ歯を見せつけて笑う怪異。
ゆらゆら揺れて、姿を変えて。痩身痩駆、あの影法師の姿になって。恭しく、仰々しく、ゆるりとお辞儀をする。
何に対して、何を思って。怪異の行動の意図など、住民が知る術はない。
ゆっくりと、ゆったりと。なのにどこにも逃げられないよう近づいてきた怪異に一気に呑まれた。
影に落ちたとき、影に飛び込んだとき、彼らの運命はすでに決まっていた。
月の光は、もう届かない。
その日、あわむぎとごまもちは東都の住民の記憶から綺麗さっぱり消え去った。
17/06/26