来る者拒まず、去る者逃がさず
大量出血でぐったりとして壁にもたれかかりながら自分の血のにおいにむせている榛
#満身創痍のあの子 #shindanmaker
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予期せぬ出来事〔一〕
緊急指令が下った。内容は暴徒化したNOXの鎮圧、及び付近一帯の安全確保云々。現場近くに居合わせた探偵社社員のうち、榛蝮も意気揚々と召集に加わった。
急を要するだけあり、規模はかなり大きい。すでにNOXと探偵社の鎮圧部隊とが張り合っており、榛は通行人の誘導や周囲の封鎖作業に当たる。
混乱する人々は津波のように押し寄せた。だが、熟達した異能を持つ社員が幸運にも集まったようで、徐々に落ち着き引いていき、封鎖圏には二大勢力のみに。
そろそろ助太刀に、と思った矢先。暴徒の一部が拘束を振り切り、封鎖シールドを突破した。異能によりすぐに復元されたが、外に飛び出した数人は取りこぼす結果となった。
「手が空いてる者は直ちに追跡!一人も逃がすな!!」
鎮圧部隊の誰かが叫んでいる。修復は得意な者に任せて、榛も他数名と追跡に参加した。NOXを逃がすなど、言語道断。ましてや暴徒となれば、感情的になり何をやらかすか分かったものではない。
路地を走るNOXと、追うSTRAYED。互いに長く続くと思った鼬ごっこも、目の前の高い壁によりあっけなく終わりを告げる。
「観念しろ。大人しく……」
「こんな、こんなところで……お前らさえいなければ!!!」
一人が声を荒げ、つられて残りのNOXも自棄になったのか立ち向かって、そして。
激しい爆音が辺りに轟いた。
ぞわっと、背筋が凍った。相手がこちらを巻き添えにして自爆したのだ。一人、また一人と倒れていく同僚に駆け寄るより早く、榛自身もタックルを食らい、その身に余る衝撃を受け流せなかった。地面に背中を打ち付けたことで一瞬息が詰まった。
「お前も!ここでくたばれ!!」
「っ、嫌だね。人間サンこそ『ジグソー・パズル』になっちゃえ」
手元に見えた手榴弾、まだ安全装置は外されていなかった。直に触れて異能を発動させれば、ばらばらとピースになってこぼれていく。予想外の事態に慌てふためくNOXを蹴り飛ばして態勢を整える。が、相手は数で圧倒してくる。
『ジグソー・パズル』を使えば、一掃なんて簡単に出来る。だが鎮圧、捕縛の目的には反してしまうし、何よりもピースすべてを欠落なく回収するのはこの状況下ではほぼ不可能と見える。
となれば。出来ることは相手を五体満足で、確実に気絶に追い込むくらい。
かの優秀な教育係、
ある程度の余力を残しつつ、次の手に思考を巡らす。この場で動ける人間は現段階では榛のみ、向こうはまだ片手ほどの人数がいる。救援要請を早急に出せれば出せるほどいいのは明白だ。
早く、と気が急くと無意識に隙が出来る。埋める前に敏感に察知されれば、先手を打ったほうの勝ち。今回は相打ち、勝ちがすたこら逃げていった。
──────────
挟み撃ちからの爆発をいなしきれず、少々気を失っていたらしい。数分か、数十分か。肺に取り込まれた酸素すら激痛に変わって意識が覚醒した。幸い、四肢は動くので問題ない。いや問題だらけだが。
痛みを押してそれぞれの安否を確認する。すでに事切れたNOXもいたが、同僚含め数人にはまだ息があった。
「救援、まだ間に、合い、……?」
スマホを取り出し、画面をタップする。だが指の滑りが良すぎて、なかなか反応してくれない。ごしごしとズボンで手を拭ったときに見えた腕と袖。モノクロのパーカーに、いつもとは違う色。こんなにもぐしょぐしょに濡れているのは……自分の、血か。
認識してしまったら、膝が勝手に折れていた。その動作ですら、今の榛には大ダメージとなった。じくじくとした痛みが恐ろしく緩慢になり、あんなに熱かったのに予想以上の眠気と寒気に襲われる。
ふらふらと近くの壁にもたれて息をする。吸って、吐いて、吸って……。自分の血、そのあまりの鉄臭さにむせて息と一緒に赤も吐く。
「下手な、こと、しちゃったな……」
過去の過失を恨むが、仕方ない。過ぎたことは水にでも流してしまおう。考えないようにしよう。そうでないと、次に、と進みたい気持ちが身体と五感を置いていく。
「おい」
だから、少し先に見知った少年がいるのに気付くのが遅くなった。
「生きてんのか?」
だから、近くまで来た少年がしゃかんで覗き込んでいても反応が遅くなった。
「あ、れ……神谷サンも、召集組?」
「ちげぇし」
探偵社の後輩である
「そんだけ余裕あんなら大丈夫か」
「いやいや……だい、ぶ、死んじゃいそうよ?」
「じゃあ死ね」
辛辣な言葉にさえ、浅く薄く笑ってしまった。普段ならばこんなに会話が続くわけがないのに、あの彼が自分に付き合って言葉を発している。生憎、頭も身体も不自由であって、これ以上の返答が出来ないのが些か心苦しいが。
「……おい」
「そんなに、心配?助けてくれちゃって、いいんだよ?」
「うっぜぇな……けどまぁ、条件次第では」
助けてやるよ、とスマホをいじりながらの思いも寄らない発言に数秒間、思考がフリーズした。ゆっくりと頭を回して、今しがたの言葉をリフレインする。助ける、条件次第で。現状、いつ意識が途絶えてもおかしくない自分より、無傷の彼がさまざま手配してくれると効率的なのは明らかだった。
「神谷サンの、気が変わる前に……条件、聞いちゃうよ?」
彼の機嫌を損ねず、頼みの綱を切らさず、この場を上手く収めるために榛は言葉と態度を選んだつもりだった。選んだつもりだったが、普段なら言わないであろう台詞となったから、何かしら面白い反応が返ってくるのでは?とも思っていた。
「クガに後で文句言われねぇ報告書の代筆、二か月分」
間髪入れずに戻ってきた答えに、予め用意されていた、初めから助けるつもりであった、裏側の善意を感じ取ってまた頬は緩み気が抜けた。
「変な顔すんな、反故にすんぞ」
「それは、なし、でしょ……オッケー、覚えておいて」
「……約束、破んなよ」
こちらに向けられたスマホでは声に反応したビジュアライザーが上下する。どうやら、ボイスレコーダー機能を使用していたようで。言質取られたな、と思うと同時に、ふわっと意識が持っていかれる感覚に陥った。小さく敬礼をしたのだが、果たして伝わったかどうか。榛の記憶はここで途切れた。
21/02/24
*Thanks*
空閑 乃さん(名前のみ)
神谷 エリアスさん
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