2014年5月


一期一会と白いリボン。



聖フィアナ女学院の共同掲示板の前できょろきょろする小柄な黒髪短髪の少女、久瀬比奈麗はこれから始まる一大イベントにうずうずしていた。
今日から一斉オリエンテーションが始まる、とクラスメートが言っていたのを聞いた彼女は、居ても立ってもいられなくなり、教室を飛び出してきたのだった。

「これってこれって、もしかしてもしかするとすてきな先輩やかわいい後輩とお話するチャンスじゃん!?よっしゃ、がんばるぞー!」

ふるふると武者震いをして拳を天高く突き上げた麗。やる気は満々、気合いも十分。

「えーっと、あたしと同じグループなのは、っと……」

素早く目を走らせ、一覧表からまずは自分の名前を見つけた。メンバーの名前も確認すると、ここでとんでもないことに気がついた。

「あれ?……嘘でしょ、これどっちも読めないんですけど!?」

うわー参ったなー、とつぶやく麗。これではメンバーを探すところから苦労するのは目に見えている。
どうしようかうんうん唸っていると、廊下をゆったりと鳴らす足音がした。振り返ると目の前をすらっと背が高く、ミルクティー色の髪をふわりと揺らす女性が通る。綺麗な緑の瞳が印象的な女性だった。

見惚れていると彼女は優雅に微笑みを湛えながら去ろうとしていた。纏う雰囲気から上級生と見た。これは声をかけないわけにはいかない。

「あっ、待って待って!そこの緑のお姉さーん!」
「うん?私のこと、かな?」
「そうそう!お姉さん!ちょっと聞きたいことがあるんだ!」

突然の呼びかけにも関わらず、足を止めてくれた緑の女性は麗と目を合わせると優しく微笑んだ。つられて笑顔になる麗は掲示板に向き直り、目当ての部分に指を滑らせる。

「このね、ここ見て。お姉さん、このお姉さんたちのこと知らない?探さなきゃいけないのに、どこの誰だか分かんなくて困ってたとこなの!」

花水城はなみずき冬香ふゆか」と「月見里やまなし深朱みあ」の名前を見た緑の彼女は口元に手を添えてじっくり考えているようだった。逡巡ののち、少し眉を下げてゆっくりと口を開く。

「すまない、どうやら知らないようだ」
「そっか、残念…。じゃあこっちは?うーんとね、はなおもて、さなえさん!このお姉さんも探してるの!」

一瞬だけしょんぼりして、すぐに立ち直り、麗はそのまま指を横にスライドさせて「花表さなえ」の名前も指差した。緑の彼女の表情が幾分か和らいだ気がした。

「ああ、これなら分かるよ。花表とりいさなえ、私のことだ」

名前を見つめ、優美に答えるさなえに「そっか!」と相槌を打つ麗。彼女の言うその意味を理解すると、驚いたようにばっと隣の優しい顔を見上げた。

「お姉さんがそうなの!?これ、とりいって読むの?」
「そう、花に表と書いてとりい」
「そうだったんだ!ごめんね、あたし名前間違ってた!」

「気にすることないよ」とさなえは笑ってくれたため、麗も気負いすることなく会話を続けることが出来た。

「あたしもね、よく名前読めないって言われるの!ここの、これ。久瀬比奈麗があたしの名前!」
「麗さんというのか。素敵な名前だね」
「お姉さんこそ、とってもきれいな名前だよね!あたしなんかいつも兄ちゃんズに名前負けしてるな、って言われるもん!」

目当ての一人が偶然にも見つかり、麗は嬉しいようだ。自然と言葉が溢れ、頬を膨らませて言う麗にさなえは忍び笑い。掲示板を見ながら、ふと気づいたことを彼女は素直に言葉にする。

「これを見ているということは、私から何か借りたいのかい?」
「そういう貼り紙なの?これ」
「おや、気づいていなかったか」

さなえは丁寧に分かりやすく教えてくれた。
オリエンテーションとは新入生や転入生を歓迎して行われる行事であること、今回はグループごとに決められたミッションを遂行すること、麗の場合は指定された相手から指定されたものを借りること、そしてそれを会長に見せること、期限はなく強制でもないこと。

「すごーい!詳しいんだね!あたし、5月に来たばっかりで知らないことだらけなんだ!お姉さん、もしかしなくても上級生だよね?」
「きちんと書いてあるのを読んだだけだよ。そうだね、君からすると先輩にあたるだろうね」
「そうなんだ!てことは、あたしはさなえ先輩から何か借りなきゃってわけか……」

名前の隣には【制服のリボン】と記されていた。二人で顔を見合わせ、視線をさなえの襟元を上品に飾る白に視線を移し、また顔を見合わせた。
麗の無言の訴えにさなえは微笑み、しなやかな指は無駄のない動きでリボンを外し、それを麗に差し出してくれた。

「いいの?貸してくれるの!?」
「私ので役に立つなら」
「立つ立つ!すっごーく立つ!」

そっと受け取り、笑顔になる麗を見てさなえも優しく笑ってくれた。

「ありがと!さなえ先輩!ちゃんと返すからね!これしばらくだけ借りるよ!」

お礼も早々に麗は走り出した。目指すは会長が待つ生徒会室。
途中、ドリームキャッチャーを貸してほしいという水色とピンクと紫の瞳の生徒に声をかけられ。手持ちには携帯のストラップとしてつけているものしかないと伝えれば、それで十分だと快諾され。渡してまた走り。
白髪と黒髪の二人組から偶然声をかけられ。それは誰のリボン?と聞かれ。さなえ先輩のものだと答えれば同じ借り物だと言われ。
偶然見つけたメンバー、冬香と深朱と合流してそのまま一緒に生徒会室へ行き、会長のたちばな紅羽くれはにリボンを見せて。労いとして紅茶をごちそうになって。緊張で味と熱さがごっちゃになったのは秘密で。

生徒会室を出て、二人が止めるのも聞かずまた走り。先の掲示板の前に行くがもちろん誰もいなくて。
どうやってリボンを返そうか、とようやく考えて。そのうちに声をかけられ、振り返れば先輩がいて。「また探し物かい?」と言われたので「さなえ先輩を探してたんだよ」と笑い。無事にリボンを返すことが出来た。

麗のオリエンテーションは慌ただしくも縁に恵まれた楽しい企画として幕を閉じた。


14/06/08
*Thanks*
花表 さなえさん
花水城 冬香さん
月見里 深朱さん
橘 紅羽さん(企画公式さま)
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