2014年5月
任務遂行に手段は選ばず。
放課後の二年四組。同級生もまばらになり、そろそろ帰ろうとしていたころ、
机の間を縫って近くまで行くと、周は「ちょっといいですかぁ」と聞いてきた。特に予定もないので韻充は無言の肯定を示し、彼らは教室を離れ歩き始めた。
「急にどうしました、久瀬比奈くん」
「掲示板に貼られたくじの結果、もう見ましたかぁ?」
「借り物のこと、ですか」
「やっぱり見てましたかぁ。あれってどうやって決めたんですかねぇ?もしかしてぇ、校則違反の物を没収する感じなんでしょうかぁ?」
生徒会主催のオリエンテーション。この時期の恒例行事のようで、新入生や周のような転入生が早く学校に馴染むように、と善意で企画されるそうなのだが、その内容は毎年酷なものであると噂されている。
そんな今年はくじで決められたグループごとに違う内容のようで、二人は皐月院の生徒から借り物をするミッションを与えられた。にこにこ笑いながら間延びした口調で話す周はミッションを楽しもうとしている様子だった。一方、韻充は彼の姿に些か違和感を覚えていた。いつもと、そう、どこか違う。
「そうか。髪、今日は下ろしているのですね」
「あぁ〜……実はですねぇ、僕のピアスも借り物に指定されてるんですよぉ。だからこうやってぇ、少しでも隠しておけば守れるかなぁ、と思いましてねぇ」
普段は三編みになっているサイドの髪を梳き、右耳を見せてきた。いつもなら目を引く二つの光も今は影を潜めている。ふわりと元に戻して、今度は周からのんびりと口を開く。
「今回のミッションメンバーさん達なんですけどねぇ、実は誰とも面識がなくて全然知らないんですよぉ。せんぱいはどうですかぁ?お知り合いはいますかぁ?」
「残念ながら……どうかしましたか?」
ふと歩みを止め前方を見据える周に倣い、韻充も視線を動かした。廊下の向こうからは自分たちと同じ白を基調とした制服に身を包み、ピンクの長髪を白布で二つにまとめた青年と豪奢な人形を連れる赤髪で長身の男が歩いてくる。ピンクの青年は韻充にも見覚えがあった。ちらりと周を見ると、彼はこちらに近づく二人を見て笑みを深めていた。
「夜清せんぱいじゃないですかぁ。そっちは知りませんけどぉ。もしかして借り物ミッションのメンバーさんだったりしてぇ」
「こんにちはー、久瀬比奈さん。彼は鬼桜さんで、久瀬比奈さんが言った通り俺と同じグループのメンバーですよー」
話しかけられたピンクの髪、
「やっぱりそうでしたかぁ。二人で行動しているということは僕を探していたってことでしょうかぁ?」
「本当は今から他のメンバーと合流の予定だったんですけど、先に久瀬比奈さんに会えたので交渉したいなーと思ってー」
「つまりぃ……」
サイドの髪を掻き上げる。右耳に光る猫目と鷹目のピアスを見つけた彼らの目の色が変わった気がした。
「これを借りたい、ってことですよねぇ?」
「あはは、実はそうなんですよー。貸してくれませんかー?」
「どうしましょうかねぇ。すっごぉ〜く大事なものなんですよねぇ」
「うーん、そこをどうにかならないですかー?」
あまり乗り気ではない反応に困った表情の夜清に対して、周はにたりと悪戯っ子のような笑みを見せる。
「嫌だって言ったら実力行使に出ますかぁ?」
借り物ミッションは成功失敗によるペナルティーは今のところ発表されていない。しかし、例年のオリエンテーションの様子を聞く限りだと何かあってもおかしくない。そのため、修羅場を覚悟する在校生も少なくないとか。
片足を引き、身構える二人に対して、夜清は「とんでもないですよー!」とぶんぶん首を振る。
「久瀬比奈さんが嫌がるようなことは避けたいですし。穏便に行く方法を考えて出直しますよー」
「やっぱり夜清せんぱいは優しいですねぇ。仕方ないなぁ、そんなせんぱいに免じてぇ……」
両手を耳に添えて一つ、二つ。離したときには周の手の中には彼らの目当てであるスタッドピアスがあった。
「僕のピアス、お貸ししますよぉ」
「本当ですかー!ありがとうございますー!」
「少しでも傷つけたりどっちかでも無くしたりしたらぁ、せんぱいのこと呪っちゃいますからねぇ?」
近づき、手渡しつつ物騒なことを言い出すものだから、その言葉に驚いた夜清は危うくピアスを落とすところだった。寸でのところで手を伸ばした春之助のおかげで事なきを得た。二人の慌てる様子を見た周は堪え切れずに吹き出していた。
「あっはは、冗談ですよぉ。ではではぁ、頑張ってくださいねぇ」
再三頭を下げてお礼を言いながら、ピアスを大事そうに持ちながら、夜清と春之助は二人とすれ違っていった。聞こえた会話からすると、このまま生徒会室へ行くようだ。彼らの姿が小さくなると一息ついて韻充は周を見る。
「いいんですか、大切なものなのでは?」
「いいんですよぉ。だってあれはいつも僕がつけているものとは違いますもぉん」
これには韻充も目を丸くした。衝撃的事実。いや、大切なものを守るためならば必然と思いつくことかもしれないのか。驚きを空気で感じ取った周はくすくす笑いながら言葉を続ける。
「オリエンテーションの内容が発表されたのは一昨日だったじゃないですかぁ。その日の放課後に商業区へ出向いて代わりを探しておいたんですよぉ」
「偽物だと分かったあの二人が他のメンバーを連れてまた来たらどうするのですか」
「その時はその時ですよぉ。まぁ、本物を渡すつもりなんてさらさらありませんけどねぇ」
さらりと言い放ち、周は笑う。一歩、二歩と緩やかに踏み出し振り返る。
「夜清せんぱいには悪いけど本物を持っていかれたら呪うどころじゃ済まないのでぇ。これが最善かと思いますねぇ」
「そうですか」
「そうですよぉ。さぁて、僕たちもそろそろ動きましょうかぁ。三年生の教室を回ればメンバーさんはきっと見つかりますよねぇ。合流してお目当ての借り物を探しましょうかぁ」
周の言葉に頷き、韻充は隣に並ぶ。にこりと笑みを返し、周は歩き始める。ミッションコンプリートに向けて動き出した。
14/06/07
*Thanks*
七夜 韻充さん
織笠 夜清さん
鬼桜 春之助さん