2014年4月


別れと旅立ち。



4月末、夢の町への出発を控えた少年少女は思い思いに時を過ごしていた。

少女、久瀬比奈麗は地元の中学校に足を運んでいた。目当てを探しながらきょろきょろしていると向こうから明るい声をかけられた。

「あっ!うららちゃんだ!」「もう退院したの!?この前会ったときはまだ起き上がれなかったのに!?」「大丈夫?もうどこも痛くない?」
「見てよ!この通り元気いっぱいうららちゃんだよ!!」

元同級たちは嬉しそうに笑ってくれた。麗もつられてますます笑顔になる。

「そうそう、お見舞いありがとね!これ、みんなにお礼!よかったら使ってね!」

背負っていたリュックを探り、取り出したのは可愛らしいリボンをあしらった小さな袋。中には消しゴムや鉛筆など、学生の必需品を入れておいた。突然のプレゼントにみんな喜んでくれた。

「うららちゃん、5月から違う町の違う学校に行くんだよね?寂しく、なるね……」

一人が言った。そうしたらみんなも表情が落ちた。
しんみりとした空気が漂って、目の奥が熱くなった。視界もじんわり歪んだ。
でも、ぐっと堪えて。

「そんな顔しないでよー!もう会えなくなるわけじゃないし、夏休みになったらこっちに帰ってくるし!そしたら、また、あたしと遊んでね……?」

振り絞ったその言葉を聞いたみんなの表情がぱあっと明るくなった。

「もちろんだよ!」「帰るときにちゃんと連絡してよね!」「手紙、書くからね!」

優しい言葉と力強い抱擁に、麗の目からは耐え切れなかった涙が一筋流れた。



──────────



地元の高校近くの路地裏。
いわゆるヤンキー風貌でいわゆるヤンキー座りの男子高校生らしき数人が馴れた手つきで煙草を吹かしながらそういえば、と空を見上げて話していた。

「やっぱりあいついないと清々するな!今まで威張り散らしやがって。こちとら先輩様だっつーの!」「まぁまぁ。今は病院だし、5月からは違う学校みたいだろ?もう会うこともねーって!」
「なぁんだ、僕がいなくても寂しくなさそうですねぇ」

声を聞き、そこにいた全員が肩を震わせた。とある人物の噂をしていたせいだろう。話題の中心であった少年、久瀬比奈周がくすくすとした笑みを浮かべながら立っていた。反して顔を強張らせる彼らの表情を拝んで、周は心底楽しそうに笑みを深めた。

「く、久瀬比奈!?怪我して病院って……」
「あぁ、それですかぁ。とぉっくに完治したので一週間前に退院しましてねぇ。誰もお見舞いに来てくれなくてすっごく寂しかったんですよぉ」

わざとらしく泣く真似をしながら視線は外さず、せんぱい、と呼んだ彼らを一瞥する。一歩、一歩と距離を縮めてまた口を開く。

「ここを離れる前にですねぇ、お世話になったせんぱい方にちゃんと挨拶しておこうと思いましてぇ?」
「なめたこと言ってんじゃねーぞ!てめーなんざ……!」
「強がり言っちゃってぇ。あのか弱いせんぱいはどこに行ったんでしょうねぇ?」
「黙れっ!!」

立ち上がり煙草を捨て、先輩と呼ばれた男の一人は挑発的文句に怒り狂った単調な右ストレートを繰り出す。それに合わせて退かずに半歩踏み出し、左手で拳を払い除けて右手は手刀を作り相手の喉元へ。攻撃を仕掛けたほうはぐっと息を呑み動けない。

「ほらぁ、大振りな動きは相手に隙しか与えませんよぉ?だからいつまで経ってもこうやって僕に当たらないんですよぉ」
「調子乗るんじゃねーぞ!!」

一悶着する間に周りを取り囲んだ一人がサバイバルナイフを取り出し向かうが、切っ先が触れることすら叶わず。簡単に振り落とされてしまい、突き出した腕をしっかり掴まれ動きを封じられて足払いをされ。

背中からがっちり羽交い締めにされ、前方からの攻撃連携は考えられていたが通じず。前には羽交い締めを利用して体重を預け鋭い蹴りをお見舞い。後ろには足を下ろす反動で隙を作り頭突き、拘束が緩んだところで抜け出して肘鉄砲を食らわせる。

その後も次から次へと襲いかかるがことごとく返り討ちにされ、気づいたときには一様に地面に転がっていた。悠々と立つのは周一人だった。

「あはは、退院間もない僕に束でかかっても歯が立たないなんて情けないですねぇ」

周の言葉を上に聞きながら、男たちは苦渋の表情。言い返すことをしないのは今までの経験から太刀打ち出来ないのを理解しているからか。

「大丈夫、僕はいなくなるので黙っておいてあげますよぉ。せんぱいたちの素敵な不良高校生活のためにもねぇ。ではみなさん、お元気でぇ」

ひらりと手を振り立ち去る後ろ姿に、彼らは痛みを堪えながら睨みつけ、ちっと舌打ちをした。そんな反応ですら、周からすれば暇潰しでしかなかった。

周が駅に着くころには市街へ向かう電車がプラットホームに待ち構えていた。辺りを探したらすぐに麗を見つけた。

「おっそーい!!!もう電車来てるし、もうすぐ出発だし、ほんとにほんっとに置いてくとこだったよ!?」
「間に合ったからいいじゃんかぁ。うららん相変わらずうるさいよぉ」
「会って早々に説教とか何なの!?可愛い妹待たせたんだからまず謝るでしょ!?ほら!」
「はいはぁい、ごめんねぇ。……本当に騒がしいんだからぁ」
「こら!謝罪の気持ちはどこ行った!!」

随分と怒っているようで、ぎゃあぎゃあ騒がしい麗を半ば無視して話題をすり替える。

「そっちはちゃんとお友達とは会えたのぉ?」
「あー、うん。ちゃんとお礼言って、プレゼントも渡してきた!」
「それはよかったねぇ。……もしかしてぇ、泣いたのぉ?」
「ばっ、ばか言わないでよ!あたしが泣くわけないじゃん!?」
「動揺しすぎぃ。そんなこと言っても目が真っ赤だと説得力ないよぉ?」
「これは、あれ、花粉症だって!しかも突発性!!」
「都合のいいアレルギーがあるもんだねぇ」

痛いところを突かれた麗は周の背後に回り、ぐいぐい背中を押して電車に乗り込む。そのまま空いている席へ着く。
しばらくしてホームに発車を知らせる笛の音が響き、電車はゆっくりと動き始めた。

「行ってきまーす!!」
「次に帰るのは夏休みかなぁ」
「きっとそうだよね……。それまで、しばらくさよならだ!」
「ちゃんと戻ってこれるといいけどねぇ。うららんは補習あって夏休みも学校だったりしてぇ」
「そんなことないもん!あったら巻き添えにしてやるから!」

電車の中でもお構いなしに言い争いが始まる。兄妹は仲良く騒がしく故郷を出発した。


14/06/22
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