2014年6月


祭り、お守り、華やかに締めくくり。



夢祭り最終日。相変わらずの賑わいで、久瀬比奈轍は今日も猫の見回りのために夢神社を訪れていた。
雑踏の中に見知った顔。彼女も気がついたようで、笑顔を見せこちらに近づいてくる。

「やぁ、わだち」
「意外だなほたるちゃん。巫女ってことは、お守り守ってんだな」
「そういうことね。わだち、暇かね?」
「あ?……まぁ、暇だな」
「じゃあ、鬼ごっこするね。捕まえられたらこれ、一つあげるね」

懐から出した夢守りをちらつかせ、赤いマフラーを巻く親友と呼ぶべき存在、匂坂さきさかほたるは不敵に、しかし嬉しそうに笑みを浮かべて走り出す。追いかけるかどうするか逡巡していると「わだちー」と不服そうに声を投げられた。呼ばれ、応えて走り出すと至極楽しそうに笑って、押し寄せる人の塊を縫うように進んでいった。
どうやら、相当な暇を持て余していたらしい。見失ったら探すのが大変、だと思っていたのだが、あのマフラーのおかげでそれはなかった。

露店街では他の巫女たちともすれ違った。「先輩どいてくださいー!」と同じ高校の後輩、日向ひなたコウキが同い年くらいの青いポニーテールの女の子、雨水うすいレインと逃げているのを見て、驚いて二度見した。まさか、彼の巫女姿を見られるとは思わなかった。レインは「コウキ速いってー!」と言いながらもこの状況を楽しんでいるようだった。
そのすぐあと、綺麗に色づいた一本の赤が印象的な後輩、久保井くぼい雀蘭じゃくらんが必死の形相で隣を駆け抜けていった。以前、動物に対して興味はあるが接し方が分からないと相談され、解決とまではいかないが彼女なりに何かを掴む手助けをしたことがあった。猫と触れ合ったあの穏やかで、柔らかく、優しい印象とはかけ離れていて思わず目を奪われた。
それがいけなかった。前方不注意による接触未遂。屋台から出てきた相手との正面衝突は何とか回避したが、互いによろけて地に手をつく。

「わり、大丈夫か!?ったく気をつけろよ!」
「へ、平気だから。悪いのはこっちだし。前見てなかったし走ってたしな……。そっちは何ともないか?」

黒髪の青年、綾坂あやさか雪織せつりは起き上がるなり、建て前だけでなく本音を口にした。轍の言葉に慌てて手に持つ袋を確認し、中のたこ焼きは何とか守り切っていたようで安堵のため息が自然と零れていた。

「セツ兄、何しとんの?人様に迷惑かけたらあかんよ」
「……リツに言われとないわ」

ひょこりとたこ焼きの屋台から顔を出す少女、綾坂あやさか立花りっかの言葉に雪織は渋い顔をする。彼女の手にも同じくたこ焼きと、お好み焼き、林檎飴、綿あめ、まだ何かの袋を持っており、どうやらかなり貢がせたらしい。轍はもう一度謝り、何故かこちらも謝られ、買ったばかりの熱々を頬張りながら二人は祭り客の中に消えていった。
今度こそ見失った、と思ったら「大丈夫かね?」なんて言いながら螢は隣にしゃがんで覗き込んできた。「大丈夫、だよ!」と答えながら手を伸ばすがするりと逃げられて。
鬼ごっこは続き、上手く追いつめたつもりだったが詰めが甘く。螢は手近な木を見つけて踏み込み、たんっと駆け上がった。これには開いた口が塞がらない。

「螢ちゃん下りてきなって!そこにいたら危ないって!いつから猫になったんだよ……」
「ふふ、私は君の好きな猫じゃないね。でも、仕方ないね……ちょっと、そこから退くね」

重力に逆らわず、ふわりと下りてきた螢は満足げに轍に歩み寄る。

「楽しかったから、これあげるね」
「いいのか?ちゃんと捕まえられなかったのに」
「暇つぶしになったお礼ね。またね、わだち」

薄緑色の紐に灰色の小さな獏がついたストラップの形をした夢守りをぽんと手渡し、少し背伸びをして轍の頭をわしゃわしゃと撫でて、すっきりした顔で螢は夢祭りの中へ溶け込んでいった。

螢と別れて、のんびりと散策して、猫と戯れて。たまたま通りかかったクラスメートの屋台の売り上げに貢献して、口車に乗せられまた予定以上に使わされ。夏休みに入ったらバイト日数増やすか、と軽くなった財布を片手にいつの間にか社まで来ていた。
そこでようやく、今朝方に夢祭りを一緒に回れたらいいね、とメールをくれていた弟、久瀬比奈周と水風船で遊ぶ妹、久瀬比奈麗を見つけることが出来た。

「あれぇ、わだにぃだぁ」
「やっと会えた!よかったー!!」
「悪い、合流なかなか出来なくて。探したつもりだったんだけどな」
「いいのいいの!あたしらはあたしらでじゅーぶん楽しんだし!」
「わだにぃも忙しかったみたいだしねぇ。一昨日は猫耳の可愛い女の子をエスコートしてぇ、今日はマフラー巻いた巫女さんを追いかけてぇ」
「何だよ、見かけてたなら声かけてくれたらよかったのに」
「えっ!?なにそれ!デートしてたの!?うららちゃん知らない!」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す麗だったが、突然の爆音に身を縮めた。見上げると大きな打ち上げ花火が空いっぱいに大輪を咲かせていた。

「今年の祭りも終わりだな」
「来年は一緒に来たいねぇ」
「俺がこの町にいないかもな」
「いいじゃん、おーびーとして来れば問題なし!」
「そっか、そうかもしれねぇな」

楽しい時間はあっという間で、夢祭りは華やかに終わりを告げた。


14/0710
*Thanks*
匂坂 螢さん
日向 コウキさん
雨水 レインさん
久保井 雀蘭さん
綾坂 雪織さん
綾坂 立花さん
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