2014年7月
合流、告白、指切りげんまん。
三校課外実習二日目。
海の日ということもあり、海岸には夢路町三校の生徒以外の海水浴客も多く訪れていた。初日の地獄の川辺キャンプを乗り越えた久瀬比奈轍は海から遠く離れたところで高校からの付き合いである匂坂螢と一緒にパラソルの下でのんびりと過ごしていた。
そんな二人の元に、久瀬比奈周と久瀬比奈麗が近づいてきた。周は笑顔を見せるが「そっちはわだにぃの知り合いかなぁ?」と螢を見て何だか渋い反応を示し、麗は「わだにぃが白いお姉さんと遊んでる!?」と相当に驚いた様子だった。
「ん?君たちは誰かね?」
「そういえば、螢ちゃんに言ってなかったな。弟の周と、妹の麗。5月からそれぞれ男子校と女子校に通ってるんだ」
「ほー。きょうだいがいたとは初耳ね。私は匂坂螢ね、よろしく弟クンと妹クン」
「よろしくね、ほたる先輩!」と笑顔を見せる少女に倣い、少年も「兄さんがお世話になっているようですねぇ」と言葉をかけながら友好的に見える笑顔を貼りつける。螢はにこにこ笑って二人を見比べる。
「……君たち、わだちと似てないね?」
「あっ!それよく言われる!」
「てんでばらばらなんですよねぇ」
「そうかね?私は君たちの表情がくるくるするから二人は似てると思うね」
思いがけない言葉にばっと互いを見やる。まさか、似ているなんて言われるとは思わなかったようだ。視線が絡み、不穏な空気にばちばちと火花が見える。
「そーんなことより!ほたる先輩、うららちゃんとあそぼ!」
周から視線を外し、螢の手を取り立たせて麗は走り出した。少女に連れられ「水に入るのだけは勘弁ねー」と言いながらも笑顔の彼女を見送り、男子二人は座り込んで昨日の課外実習での出来事について互いに語り明かした。
海の近くまで来た螢は何をしようかと少女に尋ねる。しばらく考える仕草を見せたがすぐに「サンドアートつくろっか!」と元気よく提案が返ってきた。
「それはいいね。でも私は山しか出来ないね?」
「お山か……。じゃあ、この線に沿ってお山つくって!あたしお城つくる!」
足で大きな円を描きお願いをするところから、どうやら石垣を作ってもらいたいようだ。快く承諾してくれた螢に「よろしく頼んだよ!」と、ぴしっと敬礼を返す麗は砂を集めて円の中心に盛っていく。
どこからか見つけてきたバケツいっぱいに海水を汲んで、砂に少しずつかけていき、ぱんぱんと固めて土台を構築していく。丁寧で真剣な砂遊びにせっせと山を築く螢が感嘆の声をもらすと、つい調子に乗ってしまったようだ。作業の途中で気が緩み、砂は無情にも崩れ去る。少女の悲痛な叫びが広い海に木霊する。
「気をつけてたつもりだったのに!!うーん、悔しいからちょっときゅーけー!」
投げやりに砂浜に寝転がる麗の隣に座る螢は手持ちぶさただったのか、少女の身体に砂を盛り始める。初めは驚かれたが「分かった!グラマーにしてくれるんだね!先輩ステキ!」と若干ずれているが、喜んでくれたので張り切った。
しかし出来栄えはお世辞にも褒められるものではなく。気に入らなかったようでバケツに残る海水を全部かけて消してやった。突然の行動に予測が出来ていなかった少女は危うく陸で溺れるところだった。
「ぷはーっ!水かけられるとは思わなかった……!ちょっと先輩!?めっちゃぬれてる!?待ってて!」
海水が自分にもかかって、ふるふると震える螢にびっくりして、麗は大急ぎでパラソルのところまで戻り、鳥のイラストが目を引くバスタオルを差し出す。いそいそとくるまる彼女の背中をさすって温めれば、もう平気だと笑いかけられた。
「ムリしちゃダメだからね!次はなにしよっか?」
麗からの問いに何の気なしに「何でもいいね?」と螢が答えると「もっとじこしゅちょーしてこっ!?」と迫られた。しかし言葉とは裏腹に、少女は砂山を削っていき、座った姿のカモメが完成させたことには素直に感動した。
「君は、鳥が好きなのかね?」
「うん大好き!わだにぃが猫好きなの知ってる?あれくらい好きだよ!」
「彼ほどってことは相当ね」
「おっ?わだにぃのこと、くわしー感じ?なかよしなんだね!」
笑顔で話しながらまた砂山を作り始めた麗は、しばらくして唐突に「ひとつ、聞いてもいーい?」と切り出した。螢は緩やかに微笑み言葉を待ち、無言を肯定だと解した少女は口を開く。
「たんとーちょくにゅーに聞くんだけど、先輩って、その……わだにぃと付き合ってるの?あの、彼女ってやつ?」
「唐突に、変な質問ね」
「……わだにぃね、こっちに来る前に友達だった猫をいじめられたらしくて。それで人のこと信じられなくなって。でも、今じゃこんなステキな先輩となかよしで。ムードめっちゃよかったし!……あ。猫の話、これわだにぃには秘密ね?うららちゃんから聞いたのもね?」
ふと申し訳なさそうに眉を下げて口に人差し指を当てて言う少女に笑みを浮かべて、了承した螢は視線を外し前を向き、言葉を続ける。
「わだちとは君が言うような彼氏彼女の関係ではないね。彼は親友になってくれた優しいやつね」
「親友か、そっか。ありがとね、わだにぃと親友になってくれて」
「こちらこそ彼には助けられているもの。感謝しているね」
互いに顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合い。麗が量産した砂の鳥を膨らみのない胸を張って自慢すると螢は称賛して。自由に空を飛ぶ鴎への憧れを彼女が語れば麗は賛同し。時には休憩も必要だと続ける。
螢に対して鳥に似ていると言えば、彼女はきょとんとする。
「わだちに猫みたいと言われたことはあるけど、君に鳥みたいと言われるとは思わなかったね」
「そう?あたし、ほたる先輩のことが好きだからそう思ったのかな?」
「会って間もないのに、好きだというのかね?」
「ん?好きだよ?時間はかんけーないの!だって、わだにぃとなかよしなんだよ、だったら嫌いなわけないじゃん!うららちゃんウソつかないもん!それに、ほたる先輩ってすごくあたたかい感じがするの」
屈託のない笑顔を向けられストレートに好意を寄せられ、照れたように表情を綻ばせる螢は優しく何度も頭を撫でた。撫でられたくすぐったさからか少女もまた笑みを深め、ぎゅっと力強く抱きついた。
「先輩、そろそろもどろっか!暑いし水分ほきゅーしよ!」
また手を引かれパラソルのところへ戻ると轍と周が出迎える。二人が遊びに行く前と今との雰囲気の違いを感じた轍は「すっかり仲良しだな」と素直に言葉にする。
「君の妹クンが可愛いからね」
「可愛いだろ?螢ちゃんよく分かってるよ」
「わだにぃ!?いつもそんなこといわないくせに!なんで今日はさらっというかなっ!??」
「それは事実だからねー?可愛いねー?」
大好きな兄と大好きな先輩からの無垢な集中攻撃に耐え兼ねて、麗はにこにこと状況を見守っていた周に救出を依頼する。「仕方ないなぁ」と言いながらも螢の腕から少女を回収して「うららんで遊びすぎないでくださいねぇ?」と告げれば「あたしはおもちゃかよ!」なんて騒ぎ始めるがこの際無視である。
「そんなつもりはないね」と答える彼女にくすくす笑いながら少年は目を細める。
「わだにぃのは本心からだけどぉ、せんぱいは少なくとも楽しんでいましたと思いますよぉ?」
「私だって本心からね。妹クンは器用だし、笑顔も大変可愛らしい」
「器用で笑顔が可愛らしいのは認めますよぉ。だって僕らの妹ですからねぇ」
「……弟クンも妹クンには甘いんだね」
「せんぱぁい、変な間がありましたけどぉ?兄妹に甘くなるのは当然かと思いますけどねぇ」
「どうやら、君は細かいところに気がつくことが得意らしい。ね?弟クン」
「そういう性分なんですよぉ。細かいことにまで気遣いは出来る方ですからねぇ」
ぴりぴりとした不穏な空気を感じ取った麗は周の腕からするりと抜け出し「あまにぃと海入ってくるね!」と手を振りながら彼を引っ張っていった。砂浜を駆けていく二人を見送って、螢は轍の隣に腰を下ろしつつ「君の弟クンのあれは何だったのかね?」と問うと青年は首を傾げた。
「やたら突っかかってきたね」
「あぁ……あれ。気を悪くしたなら俺から謝るよ」
「ん、気にしてないから大丈夫ね」
「そっか。周のあれは焼きもち、かもしれねぇな。螢ちゃんが俺らと仲良くしていて」
「……こういうことしたら怒るってことかね」
近づき、こてんと肩辺りに頭を乗せて、体重を預けるように寄り添う彼女の行動に青年は少しだけ目を見開いた。普段からは想像が出来ない行動に驚いたようだった。
「螢ちゃんって、結構大胆なんだな?」
「そのセリフはいつかできた恋人にでも言ってやるといいねー」
「そっちこそ、こういうことは彼氏にしてやれよな?」
「彼氏なんていないけどね」
「じゃあ、未来の彼氏のために取っておきなよ」
「はいはい。出来るかも分からないけどね?」
「人生、何が起こるか分かんねぇもんだよ?」
「わだちもいつかそんな相手が出来るんだろうね」
「どうだかな?今はチャゴちゃんいるし、別段必要ないかな。それに今がすごく充実してるしな」
「君は相変わらずチャゴちゃん一筋ね。他に何かいいことがあったのかね?」
「ここには地元に負けないくらい猫がいるし、知り合いもいっぱい出来たし、こうやって話せる相手もいるしな」
隣に座る螢のふわふわとした髪を優しく撫でると嬉しそうにふにゃりとした笑顔を見せた。
「螢ちゃんもそんな相手はいるだろ?大切にしないとだよな」
「そう、だね……。私だって、君に会えてよかったと考えているね」
「ありがとな。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「私もね……わだち」
轍の名を呼び手を握り、螢は「……ありがとう」と呟いて顔は見えないように反対側を向いて寝転がる。轍は空いた手を後ろ手に支え、背中を少し反らせて透き通る青い空を見上げる。
哀愁が漂っているようだと彼女に言われ、そっちは拗ねているようだと返せば、むっとしたようで起き上がり。遠くに見える波の音を聞きながら「ねぇ、わだちー」とまた名前を呼ばれ視線を向ける。
「君はどうして水が苦手なのかね?」
言葉にぴくりと肩を震わせ反応して。「急に、どうした?」なんて動揺したように答える。
「何となく気になっただけね、話したくないならそれ以上聞かないし」
「……気になるなら話す、よ?別の、知り合いっていうか、そんなやつにも話したことあるし。でも中身なんてないし、それでも……聞く?」
「……ん。聞きたい」
真剣な表情に「そっか」と呟いて座り直し、青年はぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「小さいころ、溺れたらしいんだ。いつ、どこで、どうやってとかは全然覚えていなくて。気づいたらいつの間にか水に対する恐怖心が生まれて。平気だったはずの風呂とか、雨とか水溜まりとか、コップの水を飲むのも怖くなって。何だろうな、濡れるのが、嫌なんだろうな」
「……そっか。溺れるのって、怖いよね」
自分のことなのにどこか他人事のような言葉の一つ一つを丁寧に聞いて、同調して優しく頭を撫でる螢に安堵し、轍もまた口を開く。
「溺れたこと自体覚えてないから何とも言えねぇけど……。多分、怖かったんだろうな。息が出来なくて、苦しくて、もがいてるような感じはなかなか拭えなかった……。夢に見てうなされることは今でもあるよ」
「水は、怖いものね……。苦しいし、包まれてるのに、どんどんと沈んでいく」
「そうだな……。まとわりついて、全然離してくれない、んだよな……」
寒くもないのに微かに震えている青年の肩をぽんぽん叩き、先ほど自分も少女にしてもらったように背中をさすってやる。青年は長く息を吐き出し、もう大丈夫だと彼女に伝えると優しい温もりはそっと離れていった。
「嫌なこと、話させちゃったね」
「いや、いいんだ。トラウマなんてそんなもんだよ。たまには外に出さねぇと」
「……話したくなったら、また聞くからね?」
「ありがとな、やっぱり螢ちゃんは優しいな」
「わだちの親友だもの」
親友という響きに、心地よさと一抹の不安を感じたが、後者は心の奥に追いやって。昔とは違うんだ、そう決別するために深く頷き、螢と視線を合わせる。
「こっちでそんな縁に恵まれるとは思わなかったよ。俺も螢ちゃんの役に立てるといいな」
「今のままでも十分ね?」
「何かあったら言ってくれよな。俺でよければ力になるよ」
「ん。ありがとう、わだち」
にこりと笑って小指を差し出す彼女に青年は自身の小指を絡めて約束をする。暑い夏の空気を潮風が冷ましてくれた気がした。
14/08/20
*Thanks*
匂坂 螢さん