2014年7月
驚倒、教導、共闘。
夢世界に突如として現れた無機質な要塞。その屋上ではきりきりと金属音を立てながら機械槍が組み上がっていく。動作は緩やかで今すぐに完成するといった感じではないが、いずれはこちらを狙い定めるように特権者に射出されるかもしれない。
黒髪の青年とくすんだ山吹の髪の少年は肩を並べて要塞の中を歩く。彼らが出会ったのはつい先ほど。同時に互いが特権者であることも認識し、青年は目を細め、少年は驚きを見せた。
「まさか、わだにぃが特権者だったとはねぇ。何で教えてくれなかったのぉ?」
「そっちの会長から言われてるだろ?特権者であることは周りには内密に、って」
「だからってきょうだいにも秘密なのぉ?」
「二人が編入してきたときにこっちの会長にも口うるさく言われてな。学校側から直々に声かけられたんなら、何らかの素質があってだと思ってさ。男子校や女子校学区の夢世界には頻繁に来るようにしてたんだ」
「それで今回は女子校の方にぃ?」
「そういうこと。周は?」
「僕は気まぐれかなぁ。たまには他学区の夢世界も見てみたくなってねぇ」
青年、久瀬比奈轍は弟である少年、久瀬比奈周と話しながらも焦る気持ちを無理やり落ち着かせて先を急ぐ。今はそばにいない相棒、茶伍が見せた反応からすると、この要塞に何かを感じ取ったらしい。轍が探すもう一人の肉親がいるのかもしれない。そう思うと気持ちとは裏腹に自然と足は早まる。
「周は要塞に入ったことあるのか?」
「これが二回目になるねぇ。前回は情報不足で特権が入れ替わるなんて知らなくて焦ったよぉ。当たったのが【機合化】で日本刀だったから、何とか破壊は出来たけど危うく死にかけたからねぇ。わだにぃはぁ?」
「俺も二回目。前回は【空間干渉】だったから停止させるのにかなり手間取ったな。男子校ってすげぇよな。あんなの使いこなすなんて」
「僕は元の特権が【機合化】だからそっちについては何とも言えないかなぁ」
「そうか。多分、麗も戸惑ってると思うんだ」
「もしうららんも特権者だとしてぇ、ここにいる確証はぁ?」
「ない。でもいる気がするんだ」
「ふぅん、わだにぃの勘を信じてみようかなぁ」
二人はそれきり会話を止めて、でたらめな矢印が散らばる廊下を惑わされることなく突き進んでいく。
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ところ変わって、こちらも要塞内部。黒髪の少女が不安そうに反転文字や矢印を頼りに、長く複雑な造りの廊下を行ったり来たりしていた。
「ここどこ?もしかして迷った?なんで、なんでグルちゃん出てきてくれないの?あれかな、すねてるのかな?なんかしちゃったかな?それとさ、なんでうららちゃんローラースケート召喚しちゃったの?これはこれで楽しいけどさ?」
正式にはインラインスケートだが。独りである寂しさからつぶやきが多い少女、久瀬比奈麗は自身の相棒、ゴルグルが姿を現さずに戸惑っていた。気を紛らわせるように代わりに召喚されたスケートを楽しんでいたが、時折頭に響くような鈍痛に何度も足を止める。
「あいたた……今日はちょーし悪いのかな?あ、スケート出てくる時点でおかしいか。早めに帰ろっかな……ん?」
ようやく迷路のような廊下を抜け出し、広く開放的な空間に足を踏み入れる。見渡し不気味な音に気づいて仰ぎ見ると、こちらを狙い定めている、ほどなく完成に近い機械槍が見えた。なるほど、いつの間にか屋上近くにまで来ていたようだ。
何かの蠢く気配に麗に緊張が走り、神経を集中させ目を凝らす。空間の中央付近に機械槍につながる装置が見える。そのすぐそばには黒く唸りを上げる巨大な化け物が鎮座していた。
「レテ……っ!?」
巨人型レテは麗を見つけると雄叫びを上げて動き出し、鈍器のような剛腕を振るう。食らえばひとたまりもないだろう。インラインスケートを駆使してすばやく回避に転じる。元々、運動神経はいいほうだ。ここまで進んできて扱いには慣れていた。
「よっし、なんとか動けそう!でもこれ、どーやって攻撃したらいいの!?」
一旦距離を取り、じっと観察する。レテの巨体には鎖が幾重にも絡みつき、動くたびにじゃらじゃらと音を立てている。可動範囲は限られているようだ。背後に守る装置、あれをどうにかすれば機械槍は止まるかもしれない。本能的に悟った麗が攻撃に転じようと踏み出した瞬間、今までよりも異常な痛みに頭を抱えてうずくまる。それを見逃すわけもなく、これ幸いとレテは飛びかかる。
制したのは共学と男子校の制服を纏う二人の兄だった。
「間に合った!麗っ!大丈夫か!?」
「わ、わだにぃ……!?あまにぃも!?」
「わだにぃの読み通りだったねぇ。特権者として覚醒していたんだねぇ」
轍がレテの注意を引き、周は麗の近くへと駆け寄る。麗の無事を確認すると二人はアレセイアを起動させる。小さな呻き声を上げながらも召喚に集中するが、周は何も出なかった。一方、轍の手には今しがた召喚された武器が握られていた。刀身が綺麗に磨き上げられた怪しい光を放つ巴型の薙刀だった。
「わだにぃ当たりかなぁ。それきっと僕の特権だねぇ」
「マジか!周は薙刀を召喚するのか!俺と似たようなもんだな」
「わだにぃも同じなのぉ?」
「でもまぁ、俺のは練習用のが丈夫になったみたいなやつだけどな」
じわりと額に滲んだ汗をすぐさま手のひらで拭いズボンになすりつけ、轍は簡単に答える。周も同様にして麗の隣に立ち上がり、意識を集中させてみる。召喚物がないのはきっと男子校のもう一つの特権である【空間干渉】が当たったのだろう。全身にぴりぴりと痛みが走り抜けると『フリーズ』の単語が頭に浮かぶ。
「やっぱりぃ……わだにぃ、僕のは【機合化】の特権だからもう一つ召喚物があるんだけどぉ。ぬいぐるみをイメージして大きくして出してくれるぅ?」
「周は召喚しないのか?」
「多分だけどこの特権は召喚物がないんだよねぇ。使っているのを見たことないもぉん」
「よく知ってるんだな」
「知り合いのせんぱいのものだからねぇ」
そのうちに麗も立ち上がり、体勢を整える。巨大レテ対久瀬比奈三兄妹。勝負の行方はまだ見えない。
「僕たちはみんな自分の特権じゃないハンデがあるから早期決着が望ましいよねぇ」
「同感だな。麗、動けるか?」
「だいじょーぶ!兄ちゃんズの足手まといなんてごめんだもん!」
「分かった、じゃあ……行くぞ!」
轍のかけ声を合図に二人は散開する。轍は意識を集中させて猫のぬいぐるみを召喚した。大きさは彼より一回り小さいくらい。周にとって申し分ないサイズだった。
「さすがわだにぃ、大きさぴったりだよぉ。ねこさんなのはこの際目を瞑るねぇ」
「悪かったな、猫しか思い浮かばなくてっ……!」
投げられたぬいぐるみをキャッチして周が走る。向かうのはレテの左腕。先に到達して反対の腕を蹴りつける麗とはタイミングをずらして殴りかかる。当然ただのぬいぐるみであるため殺傷力はないが、麗から気を逸らせるには十分だった。自分へと向けられた敵意に反応し、周は特権を使う。途端、レテの動きは止まり、周も普段からは想像を絶する心身への負担に思わず呻く。
「夜清せんぱいの特権きっついなぁ……!レテの動きを、止められる、のは多分数十秒。その間にぃ、どうにかけりをつけてよねぇ……!」
「あまにぃナイス!」
「あとは任せな!」
轍はレテの間合いに滑り込み、切れ味のよい刀身を振りかざす。すっと開いた切り口を自動修復されていくのを見た轍が舌打ちする近くで、麗はインラインスケートからの強烈な蹴りを繰り出す。今度は音の衝撃波がレテの全身を駆け巡り、修復機能を妨害したようだった。それを見逃さず、轍は斬りつけ打ちつけ薙ぎ払い。着実に巨人型の体力を削っていく。
「麗のは【機合化】っぽいな……!」
「なにが合成されてるかは分かんないけど……あっ!うららちゃん、おもしろいこと思いついちゃった!わだにぃもあまにぃも離れてて!」
にやりと笑った麗はスピードをつけるためにレテから遠ざかり、くるりと反転し、ぐっと重心を低くして滑り出す。狙うのはレテの後ろに見える射出装置。
勢いのままレテの腕を駆け登り、頂点に達したところで飛び出した。足に意識を集中させ、痛む頭を無視して渾身の蹴りをお見舞いする。重みある衝撃波に耐え切れず、射出装置はひん曲がり、機械槍の組み立て作業が鈍くなる。
周の特権有効時間が超過したことにより動き出した巨人型は怒り狂い、射出装置を破壊した麗に向かう。身構える彼女だったが、轍の援護によりバランスを崩して倒れてくるレテに潰されないように回避する。レテはそのまま装置に倒れ込み、破壊の手助けをしてくれた。爆発音とともにがらがらと崩れる機械槍、要塞も心臓部を失い震動する。
「やったー!壊れたぞー!」
「やっべ、要塞全体のバランスが崩れたか!?離脱するぞ!」
「りょーかい!」
「ほら、周も行くぞ!」
「分かったぁ」
轍の声にいち早く反応した麗は目を閉じて念じ離脱した。肩で息をする周も麗に続く。崩れ落ちる寸前、二人の帰還を確認して轍自身も離脱する。
要塞は爆音を轟かせながら跡形もなく消え去った。
14/08/12
*Thanks*
織笠 夜清さん(名前のみ)