2014年4月
驚愕、安堵、そして期待。
4月末、夢路町に朝一の電車が到着した。降りてきたのは、ほんのりくすんだ山吹色の髪を右サイドのみ三つ編みにした少年と、黒髪ベリーショートを両サイドヘアピンでばってんを作りばっちり留めた少女のみだった。
少年は男子校の校章が刻まれた転入要綱と書かれた冊子を取り出し、何かを確認している。長旅だったのか、少女は伸びをして筋肉の固まりを解す。
「ふぅ、やーっと着いた!!」
「そうだねぇ」
「ここがわだにぃが住んでる町かー!」
背中や腕を伸ばしながら少女、久瀬比奈麗は目をきらきらさせて少年、久瀬比奈周に嬉々として声をかける。周は冊子を閉じて駅から見える夢路の町並みに微笑んでいた。
「ねねっ!せっかくだしさ、会いに行っちゃおーよ!」
「転入手続きは母さん達のおかげで終わっているみたいだしぃ、学校や寮の説明とかは放課後だしねぇ。時間に余裕あるから行ってみようかぁ」
「やった!早く行こっ!」
周は手荷物を確認し、麗はリュックを担ぎ直して、共学学生寮へ向かうシャトルバスに乗り込む。進むにつれて田舎情緒溢れる景色に出てきたばかりなのに地元を思い出す。
学生寮からの交通手段はないためひたすらに歩き。夢路第一に着いたのはちょうど昼休みの時間帯だった。
大勢の生徒で賑わう中庭をうろうろとしながら目当ての人物を探せば、木陰の猫が集まる一角に、黒髪の彼は座っていた。夢路に行くと決まって家を出た五年前と何ら変わらない雰囲気に嬉しさと懐かしさが込み上げた。
「やっぱりぃ……わだにぃだぁ」
「わだにぃ、みーっけ!」
「ん……?もしかして、周か!?それに麗も!?」
呼ばれた青年は顔を上げて、視界に入った突然の来訪者に驚きを隠せないようだった。二人の兄、久瀬比奈轍は猫を撫でるのを止めて立ち上がると、麗は走りその胸に飛び込み、周も人目を憚らずに一緒に抱きついた。
「どうしたんだよ、急にこっちに来るなんて」
「僕もうららんも5月からこっちの学校に通うことになったんだよぉ」
「ほんとはね、もっと早く来るつもりだったんだけどね、あまにぃのおかげで遅くなっちゃったの!」
「それはこっちの台詞だってぇ」
売り言葉に買い言葉、突然始まる口喧嘩。ばちばちと睨みつける麗と冷笑を浮かべる周を見て、凄みが加わったが何年経っても変わらない彼らに轍もまた懐かしさを感じため息を零した。
「そっか、それで二人とも夢路に来たのか」
「そう!これでいつでも会えるよ!」
「わだにぃ、全然帰らないから寂しかったんだよぉ?」
ころりと態度を変える彼らの頭を撫でてやると嬉しそうに笑っていた。これも変わらない。今まで会えなかった時間を埋めるように存分に甘えてくる。
「それで、周も麗も夢路第一に?」
「違うよぉ、僕は皐月院でぇ」
「あたしは聖フィアナ女学院!!女子校なんてはじめてだから楽しみ!」
「よく、私立許してもらえたな……」
「どっちもあっちから声をかけてきたんだよぉ」
周の言葉に轍の目がほんの少しだが細められた。兄の小さな変化も見逃さず首を傾げる二人だが、一瞬のうちに戻ったため追求はせず。
轍はポケットを探り、携帯を取り出して操作をしながらまた口を開く。
「困ったことがあったらいつでも言えよな?分からないことは先生やそっちの会長に言えばだいたいどうにかしてくれるだろうし」
「わかった!」
「何かあったら連絡するよぉ」
「携帯、持ってるよな?番号とか教えてくれよ」
自分の携帯番号とアドレスを表示して二人の反応を待つ轍だったが、いかんせん初めて携帯を持つ彼らのあまりのぎこちなさに内心笑いを堪えながら、結局こちらで上手いこと番号とアドレスの交換を済ませてやった。
「今はいいけど、もう少し扱えるようにしとけよ?」
「そうするよぉ、これじゃぁせっかくの連絡手段も意味がないもんねぇ」
「う、うららちゃんも、がんばる……」
その後、周の髪色や麗の身長、二人のピアス、轍のこれまでの学校生活についてなど、しばらく談笑をして、予鈴が鳴ると名残惜しそうに轍は校舎内へと帰っていった。見送り、周と麗は夢路第一を後にして来た道を戻る。
「わだにぃ、元気そうだったね」
「相変わらず猫に囲まれていたねぇ」
「そうじゃなかったらわだにぃじゃないって」
兄の姿を思い出し、笑いながら農道を進む。次に会えるのが今から待ち遠しく感じる。
「あたしたち、これから新しい生活がスタートするんだね!」
「そうだねぇ。早く慣れるといいねぇ」
「うんうん!友達いっぱい作って、みんなといっぱいあそぶんだ!」
「勉強も頑張るんだよぉ?補習とか大変なんだからぁ」
「なんかあったら奥義!あまにぃヘルプをする!」
にかりと笑って宣言した妹に、周は苦笑しながらも頭をわしゃわしゃと撫でて無言の肯定を示し先を行く。
期待に胸を膨らませ、ゆったりと中央区まで戻ってきた二人はしばしの別れを告げ、それぞれが通うことになる学校の学生寮へ向かうバスに乗り込んだ。これから、新しい土地で、新しい生活が始まる。
14/07/20