2014年6月
不運は重なり喜劇となる。
16日の放課後、今日も夢祭りのバイトのためにちゃっちゃと学校を後にしようとしていた久瀬比奈麗は生徒会長、橘紅羽に呼び止められた。何だろう、と思いつつとことこ駆け寄り、聞かされたのは彼女にとって朗報以外の何物でもなかった。
「あまにぃ!聞いてよ!今日ね!くれは先輩に、会ってね!昨日のこと、ほめられてさ!今日もお守り、守り切ったら!明日はフリーでいい、ってさ!」
「それはよかったねぇ。気合い入れて頑張ろうかぁ」
ご利益目当てで夢守りを狙う男子女子をひょいひょい避けつつ、麗は嬉しそうに語る。避けられ勢いを殺せずにいた相手を容赦なく薙ぎ倒し、二つ上の兄、久瀬比奈周は涼しい顔をして答えた。
彼女の言う通り、昨日は襲いくる輩からことごとくお守りを守り抜き、10個とも無事に返納することが出来た。今日も同様な成果を得ることが出来ればこの強制労働から解放される。麗の目がきらりと光った。
そろそろ19時。バイト終了まであと1時間となり、息抜きと小腹を満たすために露店の並ぶ境内へと繰り出した。すると偶然にも二人がよく知る人物に出会うことが出来た。
「あっ!よすが先輩だ!!」
「麗さん、それに周さんも。こんばんはー」
「こんばんはぁ。せんぱいはバイトですかぁ?」
「そうですよー。お祭りの中日は一番賑わっていて稼ぎ時なので」
焼きそばを焼きながら、熱気で流れる汗を拭いながら、織笠夜清は笑った。「サービスしますよー」と麺の袋を破るのと、麗の肩から提げられた紐に繋がる夢守りが揺れたのは同時だった。
「よっしゃー!夢守りゲットだ、ぜ!?」
「ばーかっ!そんな簡単に取らせるもんかっ!!」
お守りを掴もうと伸ばされた手をひねり、麗は勢いのままに相手を地面に叩きつけた。相手の男子は呻きを上げ、麗は身体を起こしぱんぱんと砂埃を払う。その一瞬の気の緩みにより、背後からのタックルまでは避けることは出来なかった。
どこからかもう一人も参戦してもみくちゃになっていったが、周が介入する間でもなくすぐに決着して。半べそになったのは襲ってきたほうだった。
「くそっ、覚えてろよー!」
使い古された捨て台詞を吐き、満身創痍の男子三人組は雑踏の中へと消えていった。女相手にぼろぼろにされるひ弱な彼らにため息を投げ周が麗に近づくと、どうしてだか、こちらも青い顔をしていた。
「うららんどうしたのぉ?どこか痛むのぉ?」
「ない……」
「ん?ない、ってぇ?」
「お守りが一つない!!」
先の騒動でどこかに落ちたのか、はたまたあの三人の誰かが手に入れたのか。明日はすっかり巫女バイトなしで夢祭りを楽しむ気でいたようだから、ここでのミッション失敗はいくら図太い麗にとっても精神的にかなりの痛手となるだろう。
周はため息をついて、顎に手を添え考える。ちらと視線を動かすと、きょとんとした夜清と目が合い妙案を思いつく。
「せんぱぁい、うららんがとても困っているんですよぉ。しばらく僕たちに付き合ってもらえませんかぁ?」
「え、そうしたいのは山々なんですが……バイトが……」
「おい織笠、後輩が困ってんだろ?行ってやれよ、こっちは大丈夫だから」
嫌に空気を読んだ屋台の主から夜清に告げられた皮肉な宣告。さっと顔色が変わったのを見逃さなかった周は笑みを深めた。
「そもそもぉ、せんぱいが助けてくれたらよかったんですよぉ。だから一緒に来てもらいますよぉ」
「え、えっ!!?そんな、言いがかりですよ周さーん!!!」
夜清の叫びは祭りの喧騒にかき消されていった。彼を強引に引きずりながら、周は麗を連れどこかへ向かう。
「あ、周さん?さっきの三人を探すのは無理なんじゃないですかー?さすがに骨が折れますよ……」
「物理的に折ってやってもいいんですけどねぇ?そうすると後が大変なのでやめておきますよぉ」
「あまにぃ、かなりぶっそーなこというもんだね……」
「本当のことだけどねぇ。まぁ、なくなったならまた入手すればいいのさぁ。夢守りを手に入れる方法は何も巫女から奪うだけではないからねぇ?」
不敵に口角を上げて笑う周に、麗と夜清は嫌な予感がした。
着いたのは夢神社の裏手の山。ここでは現在、肝試しが行われているそうだ。
「まさか……行く、んですか……?」
「ここまで来ておいて行かないっていう方がどうかしていると思いますよぉ。ほらぁ、うららんも行くよぉ。お守り欲しいでしょぉ?」
「そりゃ、ほしーけど……!ヤバい、めっちゃ泣きそう……!あまにぃ一生のおねがい!手、つながせてっ!!」
これ見よがしにため息をつく周が左手を差し出せば、がっしりと腕ごとホールドされてぴったり密着して。麗はすでにがたがたと震えていた。
「では行きますよぉ。夜清せんぱぁい、ちゃんとついてきてくださいねぇ?そうでないとここで置き去りにしますからぁ」
「そんなっ!??待ってくださいよー!!」
返事を待たずして歩き出す二人に夜清は慌ててついていく。
案の定、驚かし役に盛大に驚かされ、これまた盛大に悲鳴を上げて。下を向いて状況が把握出来ない麗も彼の声に当然驚いて叫び出し。騒がしく愉快な山道を周は一人楽しみながら、驚かし役を労いながら先導していった。
ようやく奥までやってくると、そこには妖艶な雰囲気漂う巫女が一人、待ち受けていた。
「お疲れさまです、これをどうぞ」
「これ、お守りじゃないよ……?」
手渡されたのは小さな紙の包み。中身はだいたい予想がついたが聞かずにはいられない。
「はい、それは清めの塩ですから」
「清めって、まさか……!?」
「大丈夫、貴女の後ろにはいませんから。ふふふ……」
「じゃあどこにいるっていうの!?あ、いや、いわなくていい!いわなくていいから!!」
「うららん騒がしいねぇ」
兄に一喝され、睨み上げるとそれまで掴んでいた腕を振り解かれ。麗は急いで巫女にしがみついた。一瞬驚かれたが状況を把握して頭の上でくつくつと笑われた。
「目当ての夢守りはこの奥、社にありますよ。案内しますね」
「ありがとね、お姉、さん……?」
「残念ながら、俺はお兄さんですね」
周と夜清を残し、麗は巫女に連れられ奥へと進む。掴んで分かった、ほどよく筋肉のついた腕に女性にしては低めの声。なぜ巫女服なのか、素直に疑問を投げかけると相手は柔らかく微笑みつつ、眉は下がり困ったような表情を見せた。
「あれ、お姉さんはお兄さんなの?そーゆーシュミなの?」
「いえいえ、とある競技の大会で授業に出られなかったから、そのペナルティなんですよ」
「なんだ……もーびっくりしたよ!お兄さん、あたしと似たもん同士ってわけだ!でもそれで巫女って大変だね!」
「ええ……とんだ災難でしたよ。他にもバイトの種類はあったでしょうに……」
「お兄さんも苦労してんだね……でも、似合ってるよ?」
「素直に喜んでいいんでしょうか…?」
「あ、お兄さんからしたらフクザツってやつだ!」
自嘲気味に「そうですね」と返しながら、巫女の青年は足を止め前を指差す。
「見えますか。あそこに奉られているのが夢守りです。お好きなものを取ってきてください」
「取ってきて、って……お兄さん来てくれないの?」
「肝試しですから」
にこやかに言われ、渋々離れ。狙いを定めて走り出し、一気に距離を詰め。一つを掴みすぐに戻ってきた。「よく出来ました」と褒められて、それから周と夜清の待つ地点まで引き返した。
道中、聞こえてきた夜清の叫び声に何度もびくりと肩が跳ねた。再会を果たしたときには精根尽き果てた夜清に何だか申し訳なく思ったが、どうすることも出来なかった。
「さぁて、用は済んだし戻ろうかぁ」
「そうですね……!早く戻りましょうよ……!麗さんも行きましょ!」
「わかってるって!ありがと、お兄さん!お守りもらえてよかったよ!」
「どういたしまして」
「これもなにかの縁だね。あたしは久瀬比奈麗!聖フィアナ女学院中学の二年生だよ。お兄さんのなまえ、教えてもらってもいい?」
「
「今、なんていった?お兄さん、タカなの?なんでそれ早くいわないの?」
先までの明るく活発な少女はどこへやら。両腕を掴まれ、かちりと合った冷徹な瞳には鋭い光が宿り。まるで獲物を狙い定め仕留めんとする猛禽類そのもの。肝試しよりも肝が冷えた鋼輔であった。
14/07/10
*Thanks*
橘 紅羽さん(企画公式さま)
織笠 夜清さん
夜鷹 鋼輔さん