2014年6月
桃色にゃんこと林檎飴。
提灯がほんのり色づき、夢神社には人々の活気が満ちて。浴衣を身につける老若男女に混じり、学校終わりにそのままやってくる学生も多い。夏服の上に淡い薄碧のカーディガンを羽織る久瀬比奈轍もその一人だった。
クラスメートがバイトする屋台で半ば強引に大量の林檎飴を買わされ。一つをかじりながら露店通りを練り歩く。ふと声をかけられ視線を向ければ、知り合いが笑顔で手招きしていた。
「おー、轍。祭り来てたのか」
「そっちはバイトか?」
天勝寺染真。轍と同学年の男子校生は種類豊富な水笛を広げどんと腰を据えていた。
「座禅会だの何だので週2で休んでたら出席足りなくなってな。世俗離れるのも考えもんだな」
「忙しいんだな」
「檀家さんまで集まられちゃ出ないわけにもいかなくてな……」
苦笑いを見せる染真に轍も「どんまい」と声をかけ。気になったことを聞いてみる。
「そっちは座禅会で何すんの?」
「アレだ、棒で背中パーンってするアレ」
「寺でよく見る、めっちゃいい音するやつか」
「そうそう、それをオヤジと交互にやっててな」
さすが寺の子。座りながらの叩く真似でも立派に様になり、音が聞こえてくるようだった。
「家の手伝いして偉いな。……天勝寺ちゃんがやると痛そうだな」
「試してみるか?」
「あー……そのうちに、な」
不敵な笑みの彼に気丈に答えたつもりだったが、どうやら見透かされたようで。豪快に笑われてしまった。
「まぁ、気が向いたら来いよ。水曜と土曜にやってっから、暇な時に声かけてくれれば案内するぜ」
「マジか!絶対いてくれよな?」
「じゃあ首を長くして待つとするかな。夏なら写経もやってるし、修行にはいい季節だな」
修行。そういえば以前にも修行について話していたか、なんて思いながら。
「夏休み利用していろんな人が山……っていうか寺に来るんだよ」
「……山は勘弁な?」
「滝に行かなきゃいいんだろ?」
「そうだけどさ……。その時期忙しいってことだよな?俺行っても大丈夫なのかよ?」
「ま、友人のための時間なら割かんでもない」
「何だよ、嬉しいこと言ってくれるよな!さすが天勝寺ちゃん!」
自分のために尽力してくれようとする染真の心意気に轍の声色には嬉しさが見えた。そんな青年の後ろから可愛い声が上乗せされる。
「わだち、何してるのにゃ?」
「ぅわっ!?びっ、くりした……ももちゃんか」
桃と呼ばれた少女、
二人を交互に見やり、猫仲間か、と察したらしい染真は彼女に向かい穏やかに話しかける。
「嬢ちゃん、こいつの知り合いか?」
「そうにゃ、わだちはもものお友達にゃ!」
「一人か?」
「ん?今は一人にゃ」
「だとさ。せっかくだし、案内してやれよ」
その言葉に舞猫は目をきらきらさせて轍に視線を送る。目が合って彼女の頭をふわふわと撫でてやった。
「そうするかな。じゃあまた、夏休みにでも。約束な。バイト頑張ってくれな」
「もちろん。祭り楽しんでこいよ」
屋台に並ぶ水笛を一つ買い、染真に先ほどの林檎飴を渡し、轍は舞猫を連れて祭りの輪に入っていった。
「さぁて、俺はクラスメートの屋台回って、そのあとはこの界隈にいる猫たちの溜まり場に行くつもりなんだけど。ももちゃんの予定は?」
「んー……途中でにぃにたちの様子見に行くぐらいにゃ。それまでは暇にゃん」
「そっか。じゃあ、どっか行きたいところは?」
「金魚すくいしたいし、わたあめさんも欲しいにゃ!もちろん猫さんも!」
「分かったよ。一つずつ行こうか」
「はいにゃ!!」
嬉しそうに手を挙げ元気よく返事をする舞猫に轍も気持ちが綻ぶ。目的が決まり、自ずと足が進む。
「とりあえず、金魚すくいはクラスメートがやってるから行ってみるか。綿あめとにゃんこはあとでな。兄ちゃんたちのとこには桃ちゃんのタイミングで行ってくれていいからな」
「ご配慮ありがたいにゃん!」
「気にすんなって。楽しんでこその祭りってもんだろ?」
轍の言葉ににこにこと笑い、石畳を打つ下駄の音までも嬉しそうに響いていた。
金魚すくいの屋台では真剣な表情の舞猫を見た同級が「彼女のために一肌脱いでやれよこのリア充が!」などと囃し立て。
「彼女じゃねぇって」と返しながらも、林檎飴を食べ切った轍も参加し。水に極力触れないように息を止めて意を決し、ポイを慎重に動かし、金魚をすくい投げ。二人合わせて赤を二匹、黒を三匹ゲットした。
偶然近くに綿あめの屋台を見つけてそこにも立ち寄った。
「綿あめ一つ……あれ、日護ちゃん?」
「あ、轍」
顔を上げた店員は顔見知りで。轍と同じ共学の生徒で夢世界でもよく出会う少年、
「何だよ、バイトか?」
「うん、呼び出された」
「大変だな……。頑張りなよ」
「ありがとう。綿あめ、買ってくれるんだ」
「買う買う。一つよろしく」
ざらめを入れて出てきた綿をくるくると割り箸に巻きつけ。甘い香りを放つ白に舞猫は釘づけだった。
「はい」
「ありがとにゃん!」
「どういたしまして」
代金と一緒に氷雨にも林檎飴をお裾分けして、日が落ちた境内を進む。
提灯の明かりが祭りの雰囲気に一役買っており、ますます賑わってくる。はぐれないようにと、美味しそうに綿あめにかぶりつく舞猫の手を引いて前を行く轍がふと足を止める。
「あ……」
遠くに見えた色素の抜け落ちた綺麗な白と一筋の鮮やかな赤。
見間違えるわけがない。複数の巫女に囲まれ、それぞれに穏やかな笑顔を見せて声をかけているようだ。
「わだちの知り合いにゃ?」
「まぁ、な……。にゃんこはここ曲がった先だから」
「真っ直ぐ行かないにゃ?そっちだと遠回りなんじゃないのかにゃ?」
「急がば回れ、だよ」
妙に急ぐ轍に引かれ、舞猫がもう一度目をやると渦中の人物、シーモア・アピスは軽く手を振った。それが自分に向けられたものだと彼女も気づき、ぺこりと頭を下げて。目に映った二人を見送り笑みを深め、白い彼は談笑に戻った。
溜まり場へと向かう道中、お好み焼きてっぱんの売り子に呼び止められて。美味しいと有名であるため、轍も名前は知っていた。評判通り、行列が出来ておりソースのいい匂いがした。
お互い小腹の空くころだったので並んで待って。二人を見た茶髪の青年、
人混みをかい潜り、ようやく着いた社の裏。人影はなく、轍と舞猫は買ったばかりのお好み焼きをつつきながら集まってきた猫と戯れる。みな一様にごろごろと喉を鳴らし、鰹節をねだるが轍が全てを制止していた。
「そういえば、ここに来るまでいろんな猫さんにも会ったけど、人から遠ざけようとしたのは何でにゃ?」
「祭りになると、食べ物欲しさに人間に近づくだろ?だけどこいつらの身体に悪いもんが多いから、こっちで制御してやらなきゃいけないんだ。場合によっては餌付けしてるとこを止めたりもするからいい顔されないけどな。猫からも人間からも」
「わだち、優しいにゃ。それだけ大事に想ってもらえて猫さん喜ぶにゃ」
「だと、いいな」
お腹を満たし上機嫌で談笑する舞猫の猫耳がぴくりと震えた、気がした。すくっと立ち上がり、何かを探す。
「わだち、今何時かにゃ?」
「そろそろ9時、だな。行くか?」
「にぃにのとこ行くにゃ。……今日はありがとにゃ。わだちとお祭り回れて楽しかったにゃ!」
「こっちこそ、一緒で楽しかったよ。送ろうか?」
「ううん、ここから近いし、一人で行けるにゃ」
そっか、と答え鞄から残りの林檎飴三つを取り出し舞猫に渡して。
「兄ちゃんたちによろしくな」
「分かったにゃ、よろしく言っとくにゃ!じゃ、また会おうにゃ!」
笑顔を見せてぱたぱたと走り去る舞猫が小さくなるまで見送った。彼女に楽しんでもらえて、知り合いとも顔を合わせることが出来て、轍にとって有意義な祭りとなった。
14/07/09
*Thanks*
天勝寺 染真さん
我問堂 舞猫さん
日護 氷雨さん
シーモア・アピスさん
水谷 真信さん