2014年6月
巫女は夢を守ります。
6月15日、久瀬比奈麗は夢路町中央区、夢神社へと来ていた。ここでは今日から夢祭り三日間を通して開かれる。
本来ならば祭りを楽しむ側にいてもおかしくない彼女だが、今回は生徒会長の成績不振者に対するご厚意によりとあるバイトを仰せつかっている。
露店の準備に追われる境内を抜けて社にたどり着くと、そこにはすでに巫女姿のバイト従事者らしき人だかりがあった。巫女の衣装を受け取り見渡すと、女子に混じって少数ではあるが男子も含まれているようだ。興味深そうにきょろきょろしていると、ぱちりと目が合って。にこりと微笑まれ。
「失礼ですが、久瀬比奈麗さんですか?」
「はーい!あたしがそうだよ!お姉さんは?」
おしとやかな雰囲気の、巫女姿がとてもよく似合う黒髪の清楚な人だった。彼女は軽く会釈ののち、はんなりと口を開く。
「聖フィアナ女学院中学三年の
「あっ、先輩だったんだ!よろしくね、のぞみ先輩!すごいね、くれは先輩からお仕事任されるなんて!」
「そんなことありませんよ?」
素直に感嘆の声を上げると望弥はにこやかに謙遜してみせた。それすら優雅で優美で。目を輝かせてまた口を開こうとしたとき、後ろから覚えのある声がのんびりと聞こえてきた。
「うららんお待たせぇ」
「もう、あまにぃ遅いよ!!来てくれないかと思ったじゃん!今からのぞみ先輩がいろいろ説明してくれるって!」
麗の兄、久瀬比奈周は詫びれることなく笑みを湛え二人に歩み寄った。麗の隣に立ち、望弥を見て少し驚いた顔をした。
「あれぇ、望弥ちゃんだよねぇ?久しぶりぃ」
「うん?先輩、兄ちゃんと知り合いなの?」
「はい。以前一度、喫茶店でお会いしました」
「そうだねぇ、あの時はありがとうねぇ」
数奇な巡り合わせもあるもので。和やかに談笑する二人を交互に見やり、麗はぽかんとしていた。周の気質を知っている分に接点があったのが意外だったようだ。
先に着替えるように望弥に言われ、麗は更衣室へ向か
う。中ではごたごたと人で溢れていた。臙脂の袴を広げ、首を傾げる。
「これ、どーやって着たらいいの?みんなどーやって着たの?うららちゃん一人で出来るの?」
「巫女服って、慣れないと着るの難しいよな。よければ手伝うぞ?」
「ほんと!?助かるよ!あたしだけじゃ絶対ムリだもん!」
声をかけてくれたカチューシャの少女は手際よく麗を着せ替え、立っていただけであっという間に着付けが終了していた。
「すごい!お姉さん上手だね!もう終わっちゃった!!」
「それほどでもない。役に立てたならよかった」
「助かったよ、ありがとね!あたし、久瀬比奈麗!お姉さんは?」
「愛恭だ、
「……先輩だったんだね!どーりで話し方がりりしーわけだ!」
「……その言い方、私がお前と同級だという風に聞こえないでもないが?」
「うん。ごめんね、同じ中学生かと思った」
素直に答えれば、愛恭の表情はがらりと変わり。明らかに落胆した様子にぎょっとして麗は慌てて言葉を紡ぐ。
「あ、あれだよ!?まなちか先輩すごくかわいくて……!」
「身長が?」
「そうそう身長が!……あっ」
しまった、と思ったがもう遅い。眉が下がり苦笑い、ふぅとため息をつかれて思わずきゅっと縮こまる。
「ごめんね、悪気はなかったの……。なにも考えずにいっちゃって傷つけちゃった……」
「いいんだ。慣れてる、慣れてるから……。そんなに気にすることはない」
「先輩が気にしてるでしょ?そんなのダメ……!」
「……優しいんだな」
「そう、かな?」
視線を合わせるのが居たたまれなくて下を向きながらぽつぽつ話すのを聞いてくれて。ぽん、と頭を撫でられて。少しだけ顔を上げれば、ちらと目が合った愛恭はほんのりと笑ってくれた。つられて麗も笑顔になった。
「みっともないところを見せてしまったな」
「全然だよ!」
「そろそろ行かなくていいのか?」
「ほんとだ!先輩も行く?」
「私はもう少し、ここの手伝いをしてから行くことにするよ」
「そっか。着付けありがとね!またあとでね!」
手を振り、振り返され。麗は外で待つ周と望弥に合流する。「何か嬉しそうだねぇ」と言われ「べっつにー?」と上機嫌で答える麗を視界の端に、望弥は手元の資料に視線を向ける。
「では、準備が出来たようなので説明しますね。麗さんが担当するのは夢守りというお守りを守る巫女役です。開始は午後6時、終了は午後8時になります」
「え、お祭り終わるまでじゃなくていいの?」
「労働基準法が絡んでいるんだねぇ。うららんは中学生だから8時が限界なんだよぉ。そうだよねぇ?」
「その通りです。なので、終了時間の15分前には戻ってくださいね?」
「わかった!ありがと、のぞみ先輩!」
「いい返事です。では、これを預けますね」
手渡されたのは10個のストラップ。可愛らしい小さな獏がついたお守りだった。望弥と別れ、周と麗は並んで立つ。
「もくひょーは全部守り切ること!3時間走り続けるんだから!」
「気合い入れていこうかぁ。狙う人間はそこかしこにいるからねぇ」
「だいじょーぶでしょ、あまにぃがいるんだもん!」
「過信しちゃいけないよぉ?」
「あまにぃがガードマンしてくれるんだもん。取られるわけない!」
「まぁ、うららんがへましなかったら大丈夫かもねぇ」
「フォローは任せた!あたしはあたしの出来ることするから!」
にかっと笑う麗に、周も微笑み返しそのときを待つ。望弥や他の監視担当が道を開ける。いよいよ、始まるようだ。
「よっし!行こう!!」
夕暮れに照らされる夢神社を背に、二人は揃って大勢の巫女バイトの生徒たちとともに祭りの雑踏へと消えていった。
14/07/09
*Thanks*
羽成 望弥さん
橘 紅羽さん(企画公式さま/名前のみ)
七夜 愛恭さん