2014年6月
真実を求めて。
最近、女子校に関するよくない噂を耳にする。轍は放課後の静かな教室で雨粒が窓を叩く不快な音を聞きながら、自分の席で頬杖をついて考えていた。
例の七日間に際して、聖フィアナ女学院の母体組織、明松財団が関与しているのではないかという噂。
ミッション系のお嬢様学校の背後は、実は魔術信奉のカルト教団だった、魔女を育成するために有能な少女を集めている、など嘘だか本当だかが飛び交っている。特権者の間でも囁かれている様子から、信憑性はなくとも何かしらただならぬものを感じる。
しかし、真に警戒すべきは夢世界女子校学区に現れた時計塔だった。特権者になってから今までに、昨年末の記憶がない時期を除いて、夢世界に現実世界とは異なるものがある日突然出現するなんて見たことも聞いたこともなかった。
噂が立ってからすぐに夢世界へ確認に行けば、女子校の近くに確かにそれはあった。
空に届かんばかりの時計塔には大きな時計盤が四つ。針はそれぞれ12時、いや11時59分を指して動きを止めていた。厳かな外観ながらも異様な雰囲気が漂っていたのを覚えている。
思考を一旦停止させ、息を深く吐き出す。今年に入ってから、噂話としていろんな情報が溢れているが、どれが正しいのか判別するのが難しくなっている気がする。
もし噂が真実だったとして、女子校在籍の特権者まで記憶を失う必要はあったのか。女子校の前生徒会長が他二校と同じく意識不明に陥った理由は何なのか。
考え始めたらきりがない。百聞は一見にしかず、という言葉があるが、時計塔の存在を目視したように気になるものは自分の目で確かめるのが一番いいだろう。
立ち上がり、光の加減で鏡のようになった窓ガラスに時計を見つけ意識を集中させる。これもまた噂通りで、いつもとは違う風景、長く続く廊下のようなところに飛ばされた。
そうして真相に近づくべく、時計塔内部へとやってきたわけだが。なるほど、ここは不思議な空間らしい。
内装は質素、かつどこまでも綺麗で壁には傷一つない。瓦礫が散乱する廃墟のようなものを想像していたが、これは見事に外れた。塔内には針の進む音が絶えず聞こえる。だが時計は見当たらず。さながら、時計の内蔵部に迷い込んだような感覚だった。
窓がなく圧迫感のある廊下の先にはだだっ広く開けたホールのような空間が存在し、端には階下へと繋がる階段がある。どうやら、現在地は時計塔の上層にあたるらしい。
アレセイアは問題なく起動して、隣を茶伍が歩く。ここが曲がりなりにも夢世界であるのは間違いないだろう。探索中、レテも現れたが、これも特徴的だった。女子校生徒の特権者が夢世界で扱う能力に【魔法使い】と【伝承付与】がある。レテはこれらと酷似した能力を使役してきた。
一体目は自身の姿を変えて大きな動物になり、轍と茶伍を執拗に追いかけてきた。今になって思うと伝承に聞く何かだったような気がするが、確かめる余裕はなかった。
二体目は風を操るタイプだった。狭い廊下で遭遇したために、斬撃のような鋭い疾風を避けるのには苦労した。
三体目は水を使うタイプで胆を冷やした。広い空間は水浸しになりつつあって怖気が走り、冷や汗が止まらなかった。それでも引き返さず、何とか濡れないように階段を目指し、前に進んだ。
そして、現在対峙するのは四体目。これもそれまでと同様に逃げるつもりだった。廊下で遭遇したそれはゆっくりとだがついてきて、振り切るために大ホールに飛び出し階段を探す。しかしどこにも見当たらなかった。最下層へたどり着いてしまったらしい。
前にも後ろにも進めず舌打ちをする。覚悟を決めて再び携帯を取り出す。特権の言霊により刀身までが木製の薙刀を召喚する。
ひゅん、と一振り。感触を確かめてしっかりと握る。今しがた駆け抜けた廊下の終わりを睨みつけ、相手を待つ。鼓動がうるさい。茶伍が姿勢を低く唸りを上げる。
来る。
暗い穴から姿を現したのはレテ、ではなく一匹の黒猫だった。
「あ?猫?何で、こんなとこに……?」
思わず拍子抜けした轍は薙刀の切先を下ろそうとする。気の緩んだ主人に対して茶伍が噛みつかんばかりに牙を向ける。
油断するにはまだ早い、そう告げるようだった。
果たして、黒猫はむくむくと膨張を始めた。何倍にもなった身体は獰猛な虎と同じくらいか。口から牙がはみ出し、爪は鋭く尖り、尾は裂けて二本となる。鈍く光る瞳に見据えられて息を呑む。
「マジ、かよ……!今年はつくづく猫又に縁があるよな……!」
皮肉を言えば猫又はふわりふわりと尾を揺らし、余裕を見せるゆったりとした動作で一歩、また一歩と近づいてくる。
「猫ってのが忍びねぇけど、相手が相手だからな……。やらなきゃ、こっちがやられる」
薙刀を握り直し、気合いを入れる。息を吐き、すっと吸い込み、力を籠めて床を蹴る。昇華により強固となった薙刀の一撃。ひらりと躱す猫又のレテ。
距離を取り、距離を詰め。攻撃に転じ、防御に努め。相棒の牽制により命拾いをして。
互いに鍔迫り合いが続く中、均衡を破ったのは茶伍だった。轍の横を抜け、凶悪な爪に怯むことなく飛びかかる。顔から頭へひょいと登り、ぐっと背中に爪を食い込ませ離れない。
これには猫又も黙っていなかった。空気を震動させ鼓膜に轟く咆哮を上げ、振り払おうと激しく身体を揺さぶり跳ねる。大きな隙を逃すわけにはいかない。
刀身を右に引き、思い切り横っ面をはたきつけ、勢いを殺さずして軌道を返し、右足を薙ぎ払い。バランスを崩したところで今度は振り下ろす。脳天に重みある一撃を受けるが闘志は衰えず。しかし猫又は脳震盪により狙いは定まらず。ふらふらと顔を上げたところへ石突を叩き込み、柔らかい目を突き刺し抉る。これが、決定打となった。
薙刀をそのままに距離を取る。動きが止まり、ずぅん、と崩れ落ちた体躯はさらさらと粒子へ変わっていった。轍の薙刀も役目を終えて光となり消えていった。
緊張を解き、膝から崩れる。肉を貫いた感触を直に感じ吐き気がする。胃液の逆流に喉が焼ける。床に手をつき荒い呼吸を繰り返し、ようやく落ち着いて。立ち上がり、轍はレテの残骸を見やる。
粒子の中に何かきらりと光るものが。近づき拾い上げると、頭から先端にかけてねじれた銅製の鍵だった。
「疑わしきは罰せず、か」
時計塔の探索及びレテの討伐を完遂し、得たのは内部の構築構造とレテの特性と鍵一つ。噂を決定づけるだけの証拠らしい証拠はなかった。手の中にあるこれがそうなのかもしれないが、それだけでは判断しかねる。
この鍵が何を示すのか分からない。ここから持ち帰ることが出来るかどうか怪しいが、ポケットにしまう。
「会長に一応、一応な、報告するか。あっちと話すの苦手なんだけどな……」
柳霧弓弦の顔が頭を掠めため息をつき、すり寄る茶伍を一撫でする。一時の余韻に浸っていると相棒が顔を上げ警告する。黒い塊が特権者を求めて流れ込んできたため、思考を一旦切り上げてもう一つの言霊、鏡を召喚する。瞬時に姿見サイズにして自身を写し、茶伍に別れを告げて時計塔から離脱した。
女子校を信じるも、明松財団に疑念を残しながら。
14/07/07
*Thanks*
柳霧 弓弦さん(企画公式さま/名前のみ)